Eno.652 クライル

(5)理由

手仕舞いもそこそこに、僕はドンの亡骸が転がるその場を後にした。


僕の手際は暗殺組のみならず、組織全体に知れ渡っている。

ならば、僕がやった事もいずれ知れ渡ってしまうだろう。

つまり、僕はドンの命を奪った、組織全体の裏切り者と言う事になる。


チームのボスは、知っていてドンを手に掛けさせたのか

それとも、只の事故だったのか。

どちらにしても、この先僕の命はない事が決定している。

ならば少なくとも僕が納得出来る形で、この状況に至った過程を知っておきたい。

その一心で、ボスの待つ場所へと向かった。

チームメンバーには、極力知られないように。



ボスはチームに指示を出すために、司令塔として一室をあてがわれている。

その部屋へ、僕は窓から入った。



「やはり来たか。お前なら逃げずに来ると思っていたよ」

ボスはデスクに座り、振り返らず声を掛ける。

不思議な程に無防備な仕草に、うすら寒さを感じる。



「…ボス、教えてよ。
 ボスは、ドンが身を乗り出すって知っていたの?」



「…ああ、知っていたさ。
 ドンは、テラスから見える海と月明かりが大好きだからな」

淡々と、さも当然のように。


「…知っていて殺させたんだ。
 理由、聞いても良いかな」



「…ならば、冥土の土産に教えておくとしようか」

ゆらり、と立ち上がるボス。

ヒットマンチームを束ねるだけあって、その腕は筆頭と言ってもいい。

緊張が走る。



「ここ最近、ドンは俺達暗殺チームを冷遇していた。
 俺はお前達を食わせて行かなければならないが、その報酬は減っていく一方だ。
 何故だか分かるか?」


僕は首を振る。


「…考えてみれば当然の事だ。
 ドンの敵が居なくなったんだよ。
 故に俺達はお荷物と化したってワケだ」


狡兎死して走狗煮らる、か。


「ドンの腰巾着共は、どいつもこいつも顔色を窺ってばかり。
 しかしクスリ、賭博、女の三拍子で甘い汁は吸えるからな…
 従う以外に選択肢は有り得ないってこった。
 だってのに、俺達はコロシしか出来ねぇと見られてやがる。
 俺は常にドンに忠誠を誓って来たってのによぉ!!」

だん、と机を叩くボス。


「…それだけのために、僕に裏切り者の汚名を着せようとしたのかい?」


「そうだ。
 何かを為すには、犠牲が必要だ。
 そのためには、誰かがその人柱にならなければいけない」


「それが僕だと…?」


「ああ。
 何だかんだで、お前はドンにも気に入られてたからなぁ。
 俺にとっては忌々しい限りだったよ」


「…好きで気に入られてたわけじゃないんだけどね?
 それに、ドンに抱かれて来いって言ったのは、他でもないボスのはずだよ?」


「そうさ。
 あの時のドンの指令を受けた事を、今でも後悔しているよ。
 お前のお陰で辛うじて出てくる報酬で、食い繋げてるって事実を認識し続けなきゃあいけない。
 全く以て腹立たしい現実だよ、クソったれが」


「それで癇癪起こしてたってわけ?
 ボスも大概子供だね」


「お前も上に立てば、嫌でも認識せざるを得ないさ。
 とは言え…ドンを消して、お前を裏切り者に仕立て上げた以上…

 その日は永遠に来ねぇがなぁ!

嬉々とした口調で、銃口が僕に向く。

…甘いよ。

格下と思って油断したね、ボス。

既にボスの部屋の中に、僕のワイヤーは仕込まれていたんだから



ボスがトリガーを引くよりも先に。

ボスの首が宙を飛ぶ。

目を限界まで引ん剥き、信じられないと言った表情で。


さよなら、ボス。

これが、僕なりの……貴方へのケジメだ。