Eno.16 ミオソティス

【0-6 彼岸の先で君を待つ】


【0-6 彼岸の先で君を待つ】

  ◇

 ミオの死刑の日が決まった。
 今日は刑場へ護送される日だ。

 アキレアからの温情で、
 お気に入りの服を着ることが許された。
 死ぬ前の最後の晴れ姿。

「……さよなら、ミオソティス」
「……さよなら、兄様」

 言葉少なに、別れの挨拶をして。
 檻のような馬車に揺られながら、
 ミオは生まれて初めて、街の外へ出た。

(街の外は、こんな景色なんだ)

 馬車の中からでも少しは見える景色に、
 これから死ぬと分かっているのに胸が躍るのを感じていた。

 そう、自分はこれから死ぬのだ。ミオは明確に意識した。死ぬまでにこの眼はあとどれぐらいのものを見る? この心臓はあとどれぐらい脈を打つ? この心はあとどれぐらい──

 ひとは死んだら冥界に行って、そこで冥王の沙汰を受けるらしい。生前に善いことをしていればそのまますぐに人間に生まれ変われるが、悪いことをした罪人は別の場所へ送られ、罪の長さに応じた労働を命じられるのだそうだ。

(僕はどれぐらい、働かされるのかな。
 早く労働を終わらせて生まれ変わって、
 またシオンに会えたら良いな)

 そんなことを、つらつらと考えていた。
 護送の前までは心が荒れていたのに、
 覚悟が決まってしまえばもう、怖くはなかった。

 流れていく景色を見ている。
 知らない木々、知らない建物。広い広い世界のいちぶ。
 やがて視界に水をたたえた広い何かが映った、時。

──突然、視界がぐるりと反転した。

 何が起こったのだろう。狂乱する馬のいななき、人々の悲鳴。身体に感じるのは、地面の大きな振動だ。
 地面が揺れている、大きく、強く。
 しばらくすればそれは収まった。がちゃりと音がして、檻のような馬車の扉が乱暴に開けられた。顔を蒼くして、御者が叫ぶ。

「災害が起こる! 逃げろ、罪人!」
「…………え?」

 ミオは呆然と立ち尽くす。
 外に出れば、幾つもの地割れが。
 視界の奥、水をたたえた広い場所。物語で読んだ海らしき何かが一気に後退して、底が見えた、気がした。

 人々は半狂乱で逃げ惑う。
 みんなは、この状況が何を示すか知っているのだろうか。
 世間知らずのミオには分からなかった。
 だからただ、その場に突っ立っていた。

 そうしたら、

「あれは……何……?」

 ものすごい勢いで、海から何かが迫ってくる。それは黒い色をしていた。それは触れるもの全てを呑み込んだ。それは大自然の暴力だった。先程、人々が逃げていたのはこれが来ると知っていたからか、と理解をした。今更、逃げても間に合わないことは直感していた。

「僕……死ぬんだな」

 あは、と乾いた笑い声。
 終わりは、こんなにも呆気なく。

 処刑されるのではなく、
 どうやら災害で死ぬらしい。

「シオン。君は僕のことが好きじゃなくても、
 僕は君を愛してた。先に逝ってるね、
 いつかまた、君に会えたらその時は──」

 最後まで言い切ることは出来なかった。
 ミオソティス・フロルは黒い波につかまって、
 流されて、意識を失った。

 彼岸の先で、冥界の奥で、君を待っているから。
 冥界でまたお父様に会えたのなら、
 今度こそ、ちゃんと愛して貰えるのかな。

 君を、待っているから。