Eno.364 リヴィウィエラ

不思議なこと

大きな風呂が出来たので、せっかくだから使わせてもらった。
手や顔くらいならともかく、髪や体をしっかり洗うことは難しかったから、とても有難い。
海に落ちたりしてぼさぼさになっている髪を洗って、体を洗って、久しぶりにさっぱりした。
それからゆっくりと、手足を伸ばして岩風呂に浸かる。
倉庫にいたアヒルのおもちゃを浮かべてみたりもした。
これは風呂で使うものだということは、教わったので知っている。

「……君が教えてくれたことばかりだ」


髪の洗い方。湯船に浸かること。子供用のおもちゃ。
必要なことも必要でないことも、彼の世界にあるものを何でもくれようとする。
貰うばかりで申し訳ないとは、今はもう思わない。
だけど、いくら貰っても足りないと感じてしまうことには、申し訳ないと思っている。

手のひらで湯を掬う。温かさが溢れていく。
大きな風呂だ。大人であってもゆったりと浸かれるくらいだろう。
一人でいるのが、寂しくなってしまうくらいには、心も体ものんびりしている。

「帰らなければならないな」


その気持ちだけは不思議とはじめから変わらなかった。
帰るべき場所がある。帰らなければならない。
だけど不思議だ。そう思う度に、どんどん寂しさが増してくる。
彼のことを思い出す。懐かしさが込み上げた。それもまた不思議だった。
懐かしくて、会いたいと思う。それがどうしてかこんなにも、寂しい。
とても不思議だ。