Eno.115 ハイド・スキン

「―――」

時に、人は2回目の生と業を受ける事がある。



生命兆候バイタル安定、もう少ししたら頭に……あ、良かった! 目が覚めたんですねスキンさん!
今の身体になった感想はありますか? 頭痛や吐き気以外で体調に不備はありますか?」
「問題はありませんよ。所詮は人に強い害を与えるタイプではありませんから。ほら、その証拠に多少暴れても……あっ、いけない人!
これでも強い方の拘束具なんですけど、これだから錯乱されると面倒なんですよね。 そうだ。胡蝶■■の準備あります?」

「……ふふっ、落ち着きました? あなたたちって普通の鎮静剤だと効きが悪いから、こんなものしか用意をしていないんです。
中層だとお高いですし今のうちに体験出来て良かったですよね。大丈夫、ちょっぴりお部屋は散らかりましたけど全然気にしていませんよ!
契約どおりちゃんと貴方が所属していた蠅に所定の金額はお支払いしますし、私たちから何かを仕向けて壊してしまうなんてことしませんから。」
「呂律が回っていないみたいなので、それともお話を聞きたいんですか? 良いでしょう。貴方は最低限の説明を受ける義務を有していますからちゃんとその使えない頭に這入てくださいね!」

「そうだ。ずっと青い顔をしていますけれど、もしかして、助かりたいんですか?」        私たちには関係ないんですよね。


中層の小さな組織に所属していた。
あまり多くはなくも程々に優秀な人間たちに囲まれて、私は肉体に自身のある方ではなかったから参謀や諜報に赴く事が多かった。
傭兵の自治区であった為に上納金は多かったけれど、特別に裕福ではなくても平均的で平凡な生活を続けることができれば――そう思っていた。数年前までの話だ。
特別な契機は無かったと思う。仕事が上手く利益に繋がりにくくなって、誰かが残った金を持ち逃げした。優秀だからって情に熱い馬鹿ばかりじゃないのは当然。
それでも残ったメンバーは頭を抱えた。今組織を解体して後に繋がるとは限らない。仕事も立場も失えば中層には居られなくなる。
そうじゃなくても傭兵に殺されるのがオチかもしれない。
そんな折だ、上層の技術者が人手を求めていると黒い噂を耳にしたのは。公にされる事の無い、私の様に聡い者情報屋でなければ気が付かない裏側の話。
ある実験に参加をするだけで大量の金や糧を手に入れる事が出来ると聞いていた。
都合が良すぎる話だと理解していた。


「この実験ももう6回目になりました。なので貴方は6期生という事になりますね。成功率も安定してきて今回では遂に5割を観測しているんです。つまり貴方は既に半分の片側に居るんですよ、凄いと思いませんか? もの凄く運がいい事なんです」
「純粋な生ものとは違いますから、障害反動を抑える事はついぞ出来なかったのですが……却って都合は悪くありませんしね。
偏執の指向性もある程度確保できたので――次回、7期生からはようやっと本番の環境に移せそうです」
「あ、もうおかしくなった貴方には関係の無い話ですよ?」

金が必要だった。大方、あいつらの言う実験とやらには俺と似たり寄ったりの阿呆共が多くいた。
偏執再現だとか、人工異能だとか言われているそれは凡夫に病と言う名の祝福と呪いを半ば強制的に付加する行いらしい。
大局として何が目的かをあれは話さなかったし聞く気も起きなかった。余計な情報は寿命を縮めるだけだというのは情報屋の常識だ。
そうして取り返しのつかない代償の代わりに大金を手にした私は、それを元居た組織へ渡し手切れ金とした。
偏執に侵された私は、私を知る者が居る環境に耐えられなくなっていた。


それから、もうずっと下層に居る。
正体不明の情報屋として息をしている。
だから、久々なんだ。こうして頭痛に苛まれる事も無く、また人と話ができるというのも。