【0-7 勿忘草は誰が為に】
【0-7 勿忘草は誰が為に】
◇
──僕の人生は、一度、終わっている。
何の因果か不思議なシマに流れ着いたミオだけれど。それは、終わったはずの人生の延長線でしかない出来事。多少延びたところで、その先の終わりは変わらない。
このシマにいるみんなは、そうではないはずだ。だから、生きて帰って欲しいとミオは願う。
帰ったところでミオに居場所なんてないから、帰るつもりなんて最初からなかった。このまま海と共に沈めれば、それで後悔なんてなかった。心の迷いなんて、もう捨てた。
はずなんだ。
(──これは、チャンスだ)
ミオは最期に素敵な思い出を作って、最高の気持ちで人生を終えられるのかも知れない。この生活をめいっぱい楽しんで、それで幕引きならばどんなに素敵だろうか。
仲間たちは生き延びるつもりでこれから頑張るのだろうけれど、ミオは死ぬつもりで過ごす。仲間たちに精一杯の援助をして、最後は嘘をついて島の奥に隠れようか。
彼女の言う「みんなで帰ろう」の中の“みんな”には、
ハナから自分を入れていない。
「……せめて、死に方ぐらいは、
僕に選ばせてよ」
誰にも聞こえない声で呟いた。
ひとを殺して死刑が決まった人間が、ひとを助けるために必死になって行動したのなら。生まれ変わって、またシオンに会えますか? 死後の労働は短くなりますか? それは贖罪になりますか?
そしたらちゃんと謝ろう、また友達から始めよう。
これが、僕の向ける真実の愛だ。
街を出て今は別のところで暮らしているであろう
好きな人を思いながら、ミオは瞑目した──
「それでも ぼくを
わすれないで」
呪いのような、願いを抱いて。
◇
「アティスの地で災害が起きたらしいです」
「大地が揺れて、壁となって海が迫ってきたとか」
「罪人の遺体は見つかりませんでしたが、
罪人がぼんやり立ち尽くし波に呑まれたのを
目撃している人物がいるそうです」
「罪人は恐らく生きてはいないでしょう」
護送から数日後、屋敷のアキレアの元に伝令が届いた。
地震のことはアキレアも知っていたが、
そこから津波にまで発展していることは知らなかった。
そうか、と瞑目。
「……これで、ミオとは永遠にさよならか」
どの道、死ぬ運命だった妹。
死んだのかと理解すれば、心に生まれたのは空白。
グラジオラスもミオソティスも死んだ。
フロルの家に今、いるのはアキレアだけ。
「…………寂しい」
呟いて、アキレアはミオの孤独を想った。
周りに愛されて育ってきたアキレアは、
初めて、孤独を感じているのだった。でも。
「アキレア様、私がおりますよ」
「……そうだな、アン」
彼には、幼い頃から世話をしてくれている従者がいた。
アキレアでは、真の孤独を理解することは
出来ないのかも知れない。
「……さて、俺は庭園に行くよ」
訪れた庭園。その奥には、最後にミオと
ちゃんと会話をした白いテーブルと椅子。
その足元、土に手をついて、魔力を込めた。
「……ミオソティスよ、安らかに」
彼の想いに呼応して、その一角に木が生える。
秋になればそれは、鮮やかな黄金の雨を降らせるのだろうか。
鎮魂の意味を持つ、落葉樹。
アキレアからの、せめてもの手向けのつもりだった。
◇
別の街へ移り住んだシオンは、
アティスの地の災害の話を聞いた。
話によれば、そこでミオは処刑されるというのだが。
「……災害で死んだにせよ処刑されたにせよ、
きっともう、二度と会うことはないのでしょうね」
哀しげに目を伏せた。
明るく元気で、でもちょっと寂しそうな
顔を見せるお友達。放っておけない雰囲気があって、
だから積極的に関わって。
あの時、彼女の向けた愛に応えてあげられたのなら、
彼女を救えたのでしょうか。
けれどそれは、シオンが絶対に出来ない選択だった。
シオンには、友達よりも大切なものがある。
ミオには、シオンしかいなかったのだとしても。
「……さよなら、ミオ、わたしの友達。
きみを、わすれないわ」
道端に咲いていたシオンの花を手折って、
きみの冥福を祈ろうか。
◇
「僕を忘れないで」
「君を忘れない」
ミオソティスの──ワスレナグサの別名である花の名を
持つ少女の願いは、意図せずしてシオンが叶える。
シオンはこの先でとある男と結ばれたけれど、
それでもミオを忘れたことはなかった。
ミオソティスの存在は彼女の人生の刹那を
鮮やかに彩り、永遠に色褪せることはない。
そのミオは今、どうしているのかって?
シマと共に沈んだか、何の因果か生き残ったか。
──結末は、そう。このシマの仲間たちなら、
知っているだろう?
【ミオソティスの花便り 完】
Happy End!