Eno.16 ミオソティス

【0-7 勿忘草は誰が為に】


【0-7 勿忘草は誰が為に】

  ◇

──僕の人生は、一度、終わっている。

 何の因果か不思議なシマに流れ着いたミオだけれど。それは、終わったはずの人生の延長線でしかない出来事。多少延びたところで、その先の終わりは変わらない。

 このシマにいるみんなは、そうではないはずだ。だから、生きて帰って欲しいとミオは願う。
 帰ったところでミオに居場所なんてないから、帰るつもりなんて最初からなかった。このまま海と共に沈めれば、それで後悔なんてなかった。心の迷いなんて、もう捨てた。
 はずなんだ。

(──これは、チャンスだ)

 ミオは最期に素敵な思い出を作って、最高の気持ちで人生を終えられるのかも知れない。この生活をめいっぱい楽しんで、それで幕引きならばどんなに素敵だろうか。

 仲間たちは生き延びるつもりでこれから頑張るのだろうけれど、ミオは死ぬつもりで過ごす。仲間たちに精一杯の援助をして、最後は嘘をついて島の奥に隠れようか。

 彼女の言う「みんなで帰ろう」の中の“みんな”には、
 ハナから自分を入れていない。

「……せめて、死に方ぐらいは、
 僕に選ばせてよ」



 誰にも聞こえない声で呟いた。

 ひとを殺して死刑が決まった人間が、ひとを助けるために必死になって行動したのなら。生まれ変わって、またシオンに会えますか? 死後の労働は短くなりますか? それは贖罪になりますか?

 そしたらちゃんと謝ろう、また友達から始めよう。
 これが、僕の向ける真実の愛だ。

 街を出て今は別のところで暮らしているであろう
 好きな人を思いながら、ミオは瞑目した──

「それでも ぼくを
 わすれないで」



 呪いのような、願いを抱いて。

  ◇

「アティスの地で災害が起きたらしいです」
「大地が揺れて、壁となって海が迫ってきたとか」
「罪人の遺体は見つかりませんでしたが、
 罪人がぼんやり立ち尽くし波に呑まれたのを
 目撃している人物がいるそうです」
「罪人は恐らく生きてはいないでしょう」

 護送から数日後、屋敷のアキレアの元に伝令が届いた。
 地震のことはアキレアも知っていたが、
 そこから津波にまで発展していることは知らなかった。
 そうか、と瞑目。

「……これで、ミオとは永遠にさよならか」

 どの道、死ぬ運命だった妹。
 死んだのかと理解すれば、心に生まれたのは空白。
 グラジオラスもミオソティスも死んだ。
 フロルの家に今、いるのはアキレアだけ。

「…………寂しい」

 呟いて、アキレアはミオの孤独を想った。
 周りに愛されて育ってきたアキレアは、
 初めて、孤独を感じているのだった。でも。

「アキレア様、私がおりますよ」
「……そうだな、アン」

 彼には、幼い頃から世話をしてくれている従者がいた。
 アキレアでは、真の孤独を理解することは
 出来ないのかも知れない。

「……さて、俺は庭園に行くよ」

 訪れた庭園。その奥には、最後にミオと
 ちゃんと会話をした白いテーブルと椅子。
 その足元、土に手をついて、魔力を込めた。

「……ミオソティスよ、安らかに」

 彼の想いに呼応して、その一角に木が生える。
 秋になればそれは、鮮やかな黄金の雨を降らせるのだろうか。
 鎮魂の意味を持つ、落葉樹。
 アキレアからの、せめてもの手向けのつもりだった。

  ◇

 別の街へ移り住んだシオンは、
 アティスの地の災害の話を聞いた。
 話によれば、そこでミオは処刑されるというのだが。

「……災害で死んだにせよ処刑されたにせよ、
 きっともう、二度と会うことはないのでしょうね」

 哀しげに目を伏せた。
 明るく元気で、でもちょっと寂しそうな
 顔を見せるお友達。放っておけない雰囲気があって、
 だから積極的に関わって。

 あの時、彼女の向けた愛に応えてあげられたのなら、
 彼女を救えたのでしょうか。
 けれどそれは、シオンが絶対に出来ない選択だった。

 シオンには、友達よりも大切なものがある。
 ミオには、シオンしかいなかったのだとしても。

「……さよなら、ミオ、わたしの友達。
 きみを、わすれないわ

 道端に咲いていたシオンの花を手折って、
 きみの冥福を祈ろうか。

  ◇

「僕を忘れないで」
「君を忘れない」

 ミオソティスの──ワスレナグサの別名である花の名を
 持つ少女の願いは、意図せずしてシオンが叶える。
 シオンはこの先でとある男と結ばれたけれど、
 それでもミオを忘れたことはなかった。

 ミオソティスの存在は彼女の人生の刹那を
 鮮やかに彩り、永遠に色褪せることはない。

 そのミオは今、どうしているのかって?
 シマと共に沈んだか、何の因果か生き残ったか。

──結末は、そう。このシマの仲間たちなら、
 知っているだろう?




【ミオソティスの花便り 完】

Happy End!