Eno.364 リヴィウィエラ

虚ろ

砂浜から海を渡ったほど近くに、離れ小島がある。
どうやらかねてからそれが気になっていた者たちがいたようで、この度とうとう橋がかけられることになった。
橋の建設中にユグが海に落ちたりなどしていたが、本人は楽しそうにしていたので、まあ大丈夫なのだろう。
休憩を取り、荷物の整理をしてから、其れも小島に渡った。
先日の嵐で流されてきたのか、船らしきものも漂着している。
少し見て回っただけでも、元の島にはなかったものがたくさんあるようだった。
探索のしがいがありそうだ。

さて、それはともかくここに来て、いつの間にか持っていたはずのナイフを失くしてしまっていたことに気がついた。
どこかで落としたのか、壊したのか、はたまた何かの材料に使ってしまったのか。
わからないが、まあ今となっては、それほど困ることもない。
一応小さな刃物を即席で用意したが、問題はないだろう。
ただ。

「……そもそもどうして、わたしはあのナイフを持っていたんだろうか」


見覚えのあるナイフだった。支給品だが取り扱いがしやすく、愛用していたものだったと思う。
その他の手持ちは火をつける為の道具と、医療品のセット。
どちらも馴染みがある。特に医療品の入ったバッグは、肌身離さず持っていたものだ。
だから今だって持っていてもおかしくはない。でも。

「……今は、『いつ』なんだったか」


意識の中に、ぽかりと空いた空洞がある。
この島で目覚めてからずっと存在していたその虚ろは、いよいよ無視できないほどにはっきりとしてきた。
だがそれでも、それはきっとまだ『気づいてはいけない』ものだ。
『気づいて』しまったら、拒絶される。
『気づいて』しまっていたら、ここにいることはそもそも出来なかった。
それだけはわかっていたので、其れは気づかないふりをしている。
どちらにせよ、もうそれほど長くこの島にいることは出来ないはずだ。
島は海に沈んでしまう。だから脱出しなければならない。
この島を離れれば……その時にはきっと、何もかもを思い出すことが出来るだろう。