Eno.364 リヴィウィエラ

猶予

潮が満ちてきている。
海水面が上昇しているのだろう。
もう少し時間が経てばこれが更に進んで、島が沈んでしまうのだろう。

「もうあまり、時間がないんだな」


とはいえ特に悲観した様子もないのは、海岸に船が来ているのを見たからだ。
ユグも船を作ると言っていた。完成したら、その船に乗せてもらうのもいいかもしれない。
どちらにせよ船に乗れば、島と一緒に沈んでしまうことはないだろう。
そうなるわけにはいかなかった。
其れには、帰るべき場所があるので。
絶対に帰らなければならない、大事な理由があったので。

「……もう少し、ここにいてもいいだろうか」


誰に尋ねるともなく呟く。
楽しいことがあった。嬉しいことも、大変なことも、困ったこともいろいろあった。
何より本当に、本当に久しぶりに、彼を懐かしむことが出来たから。
気づかないふりを続けたまま、もう少しだけ幸福なあの頃の自分のままで、過ごしてみたい。

大丈夫だ、ちゃんと船には乗る。
そうしてまた、本来の道に戻るだろう。
休暇のようなものだと思って、大目に見てくれると嬉しい。