Eno.571 春日アセイ

脱出

長かったような、短かったような、そんな日々が終わりを告げた。

ああ、沈む。島が沈んでいく。暮らしていた拠点も、こそりと立てた石像と旗も、全てが沈んでいく。
このまま海の底へ潜れば、あそこにあったものはひとたまりもないだろう。
……割と少しだけ植民地にでもできればなと思っているので、少し惜しい。

皆、皆よく頑張ってくれた。子供が二人も居た時には不安にもなったものだが。
アスター殿のような知者がいてくれて助かった。案外、皆無理をする類でもあったようだしな。
実の所、こそりといかだから脱出艇を作ろうとしたこともあったが……出来上がる前に助けが来てしまったな。

それに、そうだ。蝋色が私とともについてくることになった。
最初は遠目から人を眺めていた子供が、私の下へ来るなど不思議な縁もある。
真黒い涙が性根良からぬ輩に目を付けられないかというのも心配ではあるが。
……守るべき子が出来たのだから、死なず、全力で守らねばな。

……アスター殿、浅岡君、小烏、梶原君。
君たちも未来を向き、明るい場所へと辿り着けるといい。


そうだ、思い出すことがあった。
輸送機が落ちた海域。あの海域は確か、鬼畜の者共が龍の棲まう三角海域ドラゴンズ・トライアングルなどと称していなかったか?
曰く、忽然と船や航空機が消えると。まさかとは思うが。
あの海域には、この世界への道があったということか。

……帰った暁には、敵対派閥に春日アセイ未だ在りと知らしめねばならんことも思い出した。
奴ら、絶対に既に死んだ者として扱っているだろう。
あるいは死者の名を語る不届き者だなどと難癖をつけるやもしれんな。
だが……まあ、いい。そのための賄賂ひろいものでもある。
気にすべきは……若林准将……生きて帰っていれば、な。