Eno.642 少女のねこ

シュレディンガーのナニカ

それはもともと形をもたないナニカであった。

次元の狭間、虚数空間を漂うだけの思念体のひとつ。
明確な意識など存在しなければ、実態すらもたない曖昧な存在。

それがどうしたことか、
とあるシマという形で発生した異界に囚われた。

突然、予想だにしない形で顕現することになったナニカは慌てた。

これまでも現実空間へと顕現することはあっても、
術者による呼びかけや事象からの招きがあり、
応じる形での過程を経て場に即した存在へと形作られていたからだ。

それが、ない。
ないとはどういうことか、器となる形も輪郭も力ももたない。
何ものにも観測されないまま消えるだけのナニカであっただけ。

だから、少女に観測されたことは、
ある意味で奇跡に等しい出来事であり、
ナニカがナニカでなくなった瞬間でもあった。

これは一匹ののらねこでもなかったナニカが、
少女とともにあることを選んだ、
ちっぽけなおはなし。