Eno.715 シュリ

再出

再び沈みゆく島を後に船が出る。
今日に至るまで大きな問題もなく脱出の手筈は整い、
拠点の皆の雰囲気や行動だけを窺えば、
それはまるで休暇のようだった。

求めたものは手にした。
『魔の海』の来歴を綴る星の結晶。
不思議な石の持つ、時を戻す力の全てを費やし、
世界の構成物を飲み込んで顕現した奇跡。
素人目に見てもただならぬものと分かるこれが、
此度の失踪の理由を証するものとなろう。

帝国に戻り、この価値を正しく示すことができれば、
先の件の失態も転じて我が功績となる。
とりわけ術士機関には興味深い品であろうし、
そこで研究が進めば不意の漂流を防ぐ手立ても
見つかるかもしれない。
そこまで一足飛びにゆかずとも、
世界の様相の解明にあたり大きな足掛かりとなるだろう。
あの者たちに貸しを作れるのも悪くない。

これで今後もわたしの自由は保証されよう。
少なくとも今しばらくは『強く』在ることができる。
何をどう決断しようと口を挟める者はいない。
たとえ殿下であってさえも。

この自分の利の為だけに、島では全てを費やした。
誰にも告げず、唯一人で。
けれど知ってはいるのだ、ずっと前から。
今のわたしの在り方が、彼の者が望む姿でないことは。