Eno.321 エヴァンジェリン

目覚めのキスはない

「はぁ!」

目を覚ます。いつものベッド。

見覚えのある風景……私は、目を覚ました。



ここはアクエリア、水が綺麗な美しい城と遺跡の島。

何一つ変わらない、うつくしく、つまらない島。


「おはようございます。御主人様。」
「おはよう、ケモマスター」

傍には執事服を身に纏う獣人、ケモマスターがいつもの挨拶をする。

「朝食の準備が出来ていますが、本日はいかがしましょうか」

「そうね、……綺麗な空と海が見える場所で食べたいわ。」

「おや、珍しいですね。
左様でしたら、中庭にいたしましょう。こちらで準備いたします。
後にエレーナがお召替えに向かわれますので、お待ちいただきますように」

「…いつもありがとう、ケモマスター」


てちてちと歩く音が遠くなる。

そして静寂に包まれた空間から、男性の声が聞こえた。



「おはようエヴァンジェリン。いい夢は見れたかい?」


神様の声だ。

いつも私の願いを叶えてくれて、何でも良くしてくれる神様。


そういえば、私、貴方にいい夢を見させてってお願いしたんだっけ。

「夢……


あれ、


何も思い出せない


おやおや、と困ったようにいう神様。


「それは残念だね、ところで、そろそろこの島の外には出たくなったかい?」



胸に感触がある、それに触れる。



「島の外に?





……どうなのかしら。


……えぇ、そう…なんでかしら、外に出てはいけないのはそうなの…


でも、私、外に出たいわ。」



「………なぜだい?」


「うーん、思い出せないのだけど、なんとなくだけど会わないといけない人がいるの。」



「不思議なことを言うねエヴァンジェリン。

君は外に出てはいけないんだ。」



「おかしなことを言うわね、神様。

そもそも外に出たくなったと聞いたのは貴方でしょう?」


「……」


神様ったら喋らなくなった。


「ねぇ、神様。


私、貴方の事好きよ。本当よ。

でもね、…私全部が貴方のものになるとは限らないわ。

契約は守るわ。これからもずっと。

でも、そろそろ私…ひとりぼっちのお姫様をやるのは嫌よ。




私、いいことを考えたの。

契約は守る、外に出ないのを誓います。


だから、私、ここに引き入れようと思うの!

この島に冒険者様を招待したいの!

沢山パーティーを開いて、沢山の冒険者様を招待していっぱいお話しして…

会いたい人を捕まえるの。

会った時には、美味しいアイスクリームを振舞うんだって。



…なんでアイスクリームかって?

なんでかしら!忘れちゃった!」



ふふ、と笑う。


「どうせなら、アイスクリームだけじゃない!

パンケーキに、飴ちゃん、あと、プリン!プリンはアラモードの方が喜ばれるかしら!」




「エヴァンジェリン!」


神様は怒鳴り散らすように私の名を呼んだが、
無視をし続けたらそれ以上何も聞こえなくなった。




……胸元のペンダントに触れる。

見覚えがないけど、首に下がっていた不思議なもの。

…増えるたびに思い出す、見覚えのない男性の後ろ姿。



……いいえ、見覚えがある。






むしろ、家族や友達以上に大事な…








…ラス、


ラス、変わった名前。確か冒険者をしていたと言っていた気がする。


……彼と何をしたかなんて記憶は無いのに、なんとなくそんな気がする。


私は彼の姿を浮かんで理解した。





私は何も思い出せない記憶の中にいる…

ラスという冒険者の男に一生に一度の恋をしたのだと。




「ラスに会うために、

まずはパーティーの招待と…

あ、そうそういろんな冒険者を招き入れるために

まずはこの島を自由自在に動かせるようにしましょう!


「御主人様正気ですか?」


お召替えに伺ったエレーナがマジレスをした。




小さな少女が愛する男に再会できるのは、

それから数百年の先になるのは、本人も知らない話。