Eno.659 疾風刀

花波シオンの記録【2】

「――……こいつ……」

 せっかく海兵さんが見つけた、小さな無人島が沈み切る前に上陸して、生存者が居ないか探し回ったのに。

 そこで見つけたのは、私がよく遊びに行く錬金術師の世界で戦った、あの魔剣――ゲイルブレイドだった。

 離島や難破船に続く橋も、砂浜の太陽熱蒸留器も、森林の狩猟罠も、岩場の漁罠も、そして拠点とその中の施設も、全部ゲイルブレイドがひとりで作ったものだと分かってしまって、私は違う意味で物凄くガッカリした。

 ゲイルブレイド……自我を持つ魔剣。
 一人でに動き、凡ゆるモノを切り刻む『魔物モンスター』として知られている。
 その切れ味は、鋼の剣も弾く蛇の鱗でさえ簡単に切り裂けるほどだ。
 私は錬金術師の世界でこいつと計五回ほど戦い、そしてようやく倒したひと。
 その結果、私を真似た人間ひとの姿を取るようになったり、人間の真似事をして楽しむようになった。

 そんな気まぐれな魔剣が、拠点の中に落ちていたのである。
 サバイバル生活が面倒くさくなったのか、それとも飽きたのか。
 何にせよ、直前まで動いていた事は、周囲の施設の使用痕跡からすぐに分かった。


 ◇


「どうでしたか、シオンさん? 誰か生存者は……見つかりましたか?」

 砂浜に帰って来ると、海兵さんが恐る恐る、私にそう言ってきた。

「私の知り合いを見つけたわ。この島には、彼しか居なかったみたい」

 私はハッキリと、ありのままに答えた。

「えっ? それってどういう……」
「彼一人だけが、この島に漂着していたって事。野生の生き物はともかく、他にひとが居なかったから争う事も無く悠々自適にサバイバルしていたようね」

 言っていて凄く腹立たしかった。

 ゲイルブレイドはとにかく、どこまでも完全すぎる。
 それ自体は良い事かもしれないけれど、人間という生態をあまりにも知らなさすぎる。
 魔剣として生きていた時間がとても長かったから、不完全が特徴のような人間から、あまりにも乖離しているのよ。
 どうせ無人島サバイバル生活だって、こいつは人間の苦労を知る良い機会だと、その程度しか思ってないでしょう。

 まぁ……多少なりとも傷を負っているみたいだから、ちょっとは本当に苦労したのかもね。ちょっとだけ。

 どんどん沈んでいく無人島を尻目に、私は魔剣ゲイルブレイドを持って再び乗船した。