Eno.659 疾風刀

花波シオンの記録【3】

 捜索兼救助船に乗り直してすぐ、私は武器である片手剣を引き抜き、容赦無く魔剣ゲイルブレイドを打った。
 ガキン、という金属音がして少しすると、船が転覆しない程度の風が一瞬吹き荒れて、それが止んだ頃には私とよく似た姿の男が居た。

『助けを呼んだ覚えは無かったのだがな?』

 第一声がコレである。

 目を白黒させている海兵さんを他所に、私はこれまた容赦無く、ゲイルブレイド――人間としての名前は疾風はやてかたなか、の顔面にグーパンチした。無言で。

「私だってあんたの心配なんかしてません。どうせ何かしらの方法で、いつでも自力で脱出できたくせに」

 私のパンチを受けた刀は、それでも涼しい顔をしていた。手でちょっと摩ってるけど。

『さて、どうだかな。あの島で生活している間は、我が持つ能力のほとんどが封じられてしまっていた。いやはや、人間とはやはり不便なモノだな』

 ……俄かに信じがたいけれど、もし刀の言っている事が本当なら、あの島に設置されていた様々な設備に頼っていた事になる。
 あー、もし本当だったら実際に見てみたかったわね。滑稽な姿が見られたかもしれないのに。

「人間っていうのは、不完全なのが当たり前なのよ。だから、皆で力を合わせるの。そして、道具に頼るの。そうしてずっと、繁栄しているのよ」

 こう言う私だって、何でもできるわけじゃない。
 むしろ、できない事の方が多いくらいね。
 サバイバーみたいに力持ちじゃないし、ディーマみたいに魔法を操れないし、レイワみたいに二十四時間いつでも動けない。
 それでも私が『ひと繋ぎの架け橋』のリーダーを務めている。
 個性豊かな仲間たちをまとめ上げ、協力して依頼をこなしていく。
 一人じゃないからこそ、何でも……はちょっと言い過ぎかもだけど、色んな事ができるのよ。

『本当に興味深い種族だ。人間というモノは』

 そう言いながら、刀は荷車に積んでいた荷物のうち、船の上で使わなそうだと判断したモノを……って、ちょ、こら、もう沈むからって投げ捨てるのはやめなさいはしたない。

『不便と言えば、これをくれてやろう』

 そうかと思えば、急に何かを差し出してきた。

「脈絡が何も無いんだけど?? 何?」
『飲み水だが? 確か真水とも言ったか。元は海水だったり、泥水だったり、雨水だったりしたモノだ』

 私は刀からコップごと飲み水を手渡された。
 そして刀は、残ったもう半分の水を飲み干していた。

「え……これ、本当に飲めるの?」
『ろ過水などでもないぞ? 嘘だと思うなら飲んでみるがいい』

 非常に不服だが、私は言われるままに刀から貰った半分の水を飲み干した。

 いつも宿やレストランで飲んでいる水の味がして、喉がよく潤った。