Eno.736 円寺院エルザ

日記9

「そんなこんなで、私達は無事に戻ってこられたのです。あの、ご静聴、ありがとうございました」

ぺこりとお辞儀をすると、あたたかい拍手が起こります。私の話は1番手のフウィリーちゃんほど理路整然としておらず、2番手のマオ先輩よりテンポがよくありません。それでもたどたどしいお話を最後まで聞いてくれた皆様には感謝するばかり。

白宝堂の三人がサバイバルライフをしてきたらしい、という噂はあっという間に商店街の方々に広まっていました。そこで、日頃桔梗院の監視の外に出られない怪異の方々から、冒険譚を聞かせてくれと頼まれたのです。

会場は壷中の天さんが貸切にしてくれました。壷中の天スタッフの方々も一緒になって聞いてくれています。蛸大将さんだけが、人が集まってるのに振る舞いがないなどあってはならないと、一人厨房で包丁を振るっていらっしゃいます。

「無人島グルメかぁ、一度食べてみたいねぇ」
「お前さんが無人島に行ったらペンペン草も残りゃせんじゃろう」
「うーん、水に不自由するのはちょっと……水は豆腐の命ですから」
「カタカタカタカタ……(蛸大将用に文字起こしをしている)」

どん。

皆さんがわいわいと歓談をされているテーブルの中心に大皿が置かれて、その場は一瞬静かになりました。いつの間にか二口女さんが配膳をしています。

「お待ちどおさま!壷中の天の定番メニュー、いわしと蛸の天ぷら盛り合わせだよ。賞味期限は三分!」

香ばしい油とほんのり磯の香り。揚げたてが一番美味しいことを、私たちはみんな知っています。

怪異の皆さんがワッ、と群がったと思うと大皿の料理が一瞬にして消え、次の瞬間には私たち語り部三人の取り皿に天ぷらが山のように乗っていました。怪異の皆さんは自分の分け前を一口ぶんだけ取り皿にとり、にこにこしています。

「あ、あの、皆さんで均等に頂きましょう……ちゃんと分け合うのが無人島のルールですので……」

そんな光景を遠くから見届けていた蛸大将さんがじゅるじゅると厨房に戻っていきます。早くも脚を三本失い、不安定な動き。楽しいことより仕事を優先する、職人さんの背中です。

「あの、大将さん!無人島には、蛸がいませんでした。だから、こうして戻ってこられて、大将さんの料理がまた食べられるの、良かったな、って思っています」

感謝を込めて、そんな言葉を大将さんの背中に投げかけます。
厨房に戻る大将さんの身体が少し赤くなった気がしました。