Eno.659 疾風刀

花波シオンの記録【4】

 汽笛の音を鳴らして、救助船が海の上を走る。

 結局、今回の『海辺で行方不明になったひとたちの捜索』依頼で見つけられた生存者は、私の知り合いである疾風刀ただ一人だけだった。
 全く収穫が無かったわけじゃないけれど、レイワが言っていた通り、私たちは一足遅かったみたい……。
 助けられたかもしれない、大勢の生命たちを散らしてしまった。
 彼らの中にはきっと、元の世界に残された遺族も居るでしょう。
 その遺族たちの糾弾を受ける事になるのは、想像に難くない。

 帰還した後の事をあれこれ考えてしまって、私は頭が痛くなった。
 海兵さんも船を操作しつつ、私の事を心配そうな目で見ている。
 そんな中、唯一の生存者である刀は……持ち運んできた荷物から新しい道具を作ったり、魚を焼いて食べたり真水を飲んだりしていた。

「あんたやっぱり、空気読めないわね」

 頭を抱えながらも、じろりと刀の方を睨んだ。

『我には関係の無い事だからな』

 ……本当に空気が読めない奴。

「何作ってるの」

 私は更に、ぶっきらぼうに聞いてみた。

『脱出キットとやらだが?』
「今!?!?!?」

 遅くない!? それに救助船なんだから必要ないと思うんだけど!?

『この船に食料や飲み水があると言えども、最低限の荷物はひとまとめにしておこうと思ってな。コレがあれば、例えば手作りの船でも安心なのだろう?』
「確かにそれはそうだけど、そうなんだけど……!」

 もう、何なのよこいつ~~~~~!!

 ストレスが爆発して怒り狂いそうな私を見て、刀はけらりと笑った。

『ははは、やはり御前はそうでなくては。身の丈に合わぬ事柄で悩むのはらしく無い』
「え?」

 呆気にとられた私を他所に、刀は作業の手を止めて話し出した。

『……人間とは不完全なのが当たり前。御前は先程そう言っただろう? 集団で力を合わせ、便利な道具に頼る……なるほど、それはそれは美談だ』

 だが、と先の言葉が続く。

『必ずしも、誰もがそうできるわけでは無い。必ず成し遂げられるわけでは無い。時には失敗し、争いを生み、衰退していく事もある――違うか?』
「……それは、」

 違う、とは言えなかった。
 私が言った事には、その逆がある。
 刀はそこを指摘してきたから。

『今回は、異変に気付くのが遅かった。依頼を受けるのが遅かった。そうだ、世に語られる美談の裏では、この様な失敗談が数多く眠っている。わざわざ公表する理由が無いだけで』
「……」
『それは仕方の無い事だ。人間に限った話では無い。どう足掻いても、生きとし生けるものとは失敗のひとつやふたつくらい起こすモノだ』

 私は黙って聞く事しかできない。
 でも、刀の言葉は私を責めるモノではなくて。

『わざと見捨てたわけでもあるまいに。その失敗を糾弾するなど、本来なら誠に傲慢である。恥を知るべきだ』

 ……彼の正体はゲイルブレイドだけれど、ひとつだけ忘れていた事があった。

 このゲイルブレイドは『歴戦』と呼ばれた個体である。
 他の個体よりも長く魔剣として生きていて、その分実力も一線を画している。
 人間という者の特徴を碌に知らない奴だけど、どういうわけか、人間という者の醜さをよく知っている奴だった。

『第一、上手く生き延びれなかったのであればともかく、自分だけが生き延びるために醜い争いをして、結果共倒れした者の遺族など、碌な輩では無かろうよ』

 汽笛の音が鳴る。
 海を掻き分ける音がする。

「…………残酷ね、あんた」
『だからこそ、世界を生きるという事は面白いのだ』

 潮風に吹かれながら、刀は一度だけ、一面の広い海を見た。

『おお、もうすぐ他の船が見えてきそうだ。アレらには、御前の仲間たちが乗っているんだろう?』
「そうだけど……」
『何、御前はただ、胸を張っていれば良い。本来ならば無関係の、見ず知らずの生命たちを助けようと手を伸ばした事は確かなのだから』

 それを最後に、刀はまた自由気ままに船旅を満喫していた。

 悔しいけど、刀の言葉で、私は少し気が楽になった。