Eno.73 ナナサン

電気羊の夢

それはナナシにすらなれないモノだった。
それはあなたの時間軸ではまだ生まれてすらいなかった。
製造前のアンドロイド、それがナナサンだ。
ヒトを模して、ヒトを助ける。嘘を吐くし心を模倣する。
それが74-1に求められた機能だった。
あなたの前に現れたソレは、求められた役割を果たせただろうか?

ナナサンは覚えている。
製造時に組み込まれるプログラムに、流し込まれる偽の記憶に。
本当の記録が混ざり、定着する。
ナナサンは覚えている。
漂流したこどもたち。
心優しい少年と、働き者の少女と。
アイドルとして活躍するであろうあなたを。
ナナサンは覚えている。
可愛らしく不思議などうぶつたちを。
可愛げのない、しかし憎めないどうぶつを。
駄洒落の好きな少年に、ひとつでふたつの墓守を。
お揃いの丸眼鏡……サングラスの少年のことも。
ナナサンは覚えている。
ゴーストシップの船頭を、庶民とは違うレディのことを。

あなたのことを。

覚えてしまったのだ。
製造される前の機械に混入した未知のデータ。
本来なら削除されるべきそれらが、基底データベースと複雑に絡み合い消えなくなる。
それが心らしきものを象っている。
だから、製造者はそれを消せない。消してしまえばクオリティが落ちてしまう。
すべてのナナサンはナナシになる。しかしそれらはこう名乗る。

「ナナシですらないから、ナナサンです!」

「ジョークプログラムが作動しました。この文章はフィクションです」