Eno.659 疾風刀

花波シオンの記録【5】

「……そういえば、それ・・捌かないの?」

 刀の近くで、トリが三羽ほど鳴いたり甲板を突っついたりしている。

『御前が嫌がると思って、捌ないのだ。やれ、五月蝿いな』

 刀はわざとらしく、頭に手を添えて首を横に振った。
 動物が大好きな私の事を考えていたのかしら? ……まさかね。

「まぁ……うん、動物が肉になる過程は確かに見たくないけど」
『だろう? 何、もしかすればそのうち何処かへ飛んで行くやもしれんぞ』

 こうして会話を交わしている間も、トリたちはあちこち歩き回っている。
 確かに、多分鶏ではなさそう? だし、気が済むか危機感を感じたら飛んで去っていくかもしれないわね。


 それにしてもこの世界、ちょっと暑い。まるで夏みたい。
 元々軽装な私はともかく、もし刀が本当の人間だったら、今の服装だと地獄を見そうな気がしてならないわ。
 でも、刀はあまり肌の露出を好まない、のよね。

 歴戦のゲイルブレイド、その刀身には小さくて細かい傷がたくさん付いていて、それは人間の姿――疾風刀としての姿にも影響する。
 ほとんど露出が無い服装を好むのは、肌にある古傷・・を隠すためだと、以前こいつ自身から聞いた事がある。
 ……でも、たまには違う服を着たこいつも見てみたいかも。勿論、露出が少なめのコーデで。
 私をモデルにしていて面は良いんだから、多分比較的何でも着こなせそうなのよね。

「……あら?」

 ふと、多分荷車から零れ落ちたんだろう、一輪の花を見た。
 それは紫色の花弁を持っていたんだけど、どこか不思議な力を感じさせるような気がする。

『ああ、それは離島で見つけたのだ』

 刀がそれを拾い上げて、私の方に差し出してきた。

『近くで見て良いぞ。御前の世界で、何かの役に立つやもしれん。我には必要無いモノだからな』

 受け取って近くで見ると、仄かに光を帯びていて、明らかに普通の花ではない事がよく分かった。
 こんな植物が生えていた無人島って一体……でももう沈んでしまったのだから、これと同じ花を摘みに行く事はもう叶わない。
 そういう意味ではちょっと勿体無くて、残念だな、と思ってしまう。
 沈みさえしなければ離島の方にも出向いて、時間を掛けてでももう一、二本くらい見つけておきたかったな。

 何となくだけど、瀕死の重体のひとを復活、或いは死者を蘇生させられそうな、活力に関わる薬効成分が含まれていそうなのよね、これ。