Eno.206 エンティティとフィン

蒐集家のイドラ:選別のイド

救助船が、海を巡る。
見知らぬ港に着いて、降りる者に挨拶を送り。
見知った港に着いて、船に別れの挨拶をする。

「ありがとー、です! またねー!」

「お世話になりました。
 また世界が繋がることがあれば、お会いできるかも知れませんね」


連れて帰って来た鳥とウサギも、お利口に船を見送っていたのには、いつの間に躾を、と思いつつ。
遠ざかって行く船の影が見えなくなるまで、波止場で手を振っていた子供と一緒に、
大きな白色は、自分たちの暮らしているエリアに続く道へ向かう。

途中、港に登録されていない船が来たことで、海上で事故でもあったのかと心配する船乗りたちに会ったが、
異世界の海に流されていたことを簡単に説明すると、「海ってのは不思議なこともあるからなあ」などと言いつつ、
すぐに彼らも自分たちの日常へと戻って行った。

一時的な騒ぎを終えて、日常に戻った港を離れて、左右に木々の茂る道を進む。

非日常から、日常に戻る。
その隙間に差し込まれるように、白色の身体に、ピッと一筋の赤色が走った。続けて、二本、三本。
子供はびっくりした顔で白色を見たが、亀裂のような赤色からは何も流れなければ、それは傷ではなく。

「今度は、何処へ隠れていた」

「人聞きの悪い。不慮の事故による異世界漂流ですよ、中枢体。
 絶海の孤島に流れ着いた話は、君にも話しますが……やはり君は、私を見失っていたんですね。
 今回は、この世界に召喚事故で来た時とは違い、何処も解体されていないのでご安心を」

「お前、転送事故に縁があるな。
 ……報告は構わん、記録野から転写して行く」

「プライバシーのない……
 まあ、君の役割は、私のような実行体の管理と制御ですから、いつものことですが」


白色がぼやいている内に、赤い目がスッと閉じて、後には何の痕跡もない、白い表皮が残るばかり。
話がよくわかってない顔で、「またねー」と挨拶した子供と一緒に、再び道を歩き始める。

「そう言えば、吸血蝙蝠の彼女らは、赤い血を見ると理性を失うのでしたっけ。
 あの島で中枢体は出てこなくて良かったですね。
 出血と勘違いされて、蝙蝠に目を吸われて理解が追いつかない中枢体と言うのも、
 それはそれで珍しい光景になったでしょうが」

「えっ、おめめ、まちがえちゃったら…おねえちゃんたちも、びっくりしそう、です…!」

「誰も得しない、悲しい事故ですね……」


何だかんだと言っても、彼女たちが積極的に人間を襲っている現場を二人は見ていないので、
実際にはそれっぽい色を見ただけで問答無用で飛びつくわけでもないだろう、と考えつつ。
エンティティこと蒐集家のイドラとフィンも、のんびりと日常の光景に紛れて行った。