Eno.659 疾風刀

花波シオンの記録【8】

 まだ【虹のはじまり亭】へ帰るまでには時間が掛かりそう。
 よっぽど遠くへ、それこそそこら中探し回ったせいでしょうね……。
 でも、着実にこの世界から離れていっている事は確かだと思う。
 一面の光景が、だんだん見慣れた海に変わりつつあったから。

「あー、帰ったら肉料理……ステーキ食いてえ~」
「さっきからそればっかりじゃあないか、サバイバー」
「燻製肉も美味えんだけどなー。こう、ガッツリ料理! って奴食いてぇ」
「もうしばらく我慢しろ」

 向こうの方でサバイバーとディーマが他愛無い会話をしているのが見えた。
 でもディーマもちょっと食べたそうな顔してるの、見えてるわよ。

『我は元の世界に帰る前に、御前の世界の温泉にでも入りたい所だ。効力とやらが本当に有るのかを知りたい』
「……オマエが入ったら錆びないか? 元の姿は曲剣だろう?」

 刀のぼやきに、レイワがツッコんだ。
 実際どうなのかしら? 人間の姿なら入れるのかしら。
 まぁ、もし錆びてもしっかりお手入れし直せば大丈夫だろうけれど……。

こいつの心配しない方が良いわよ、レイワ。どんな状況になっても楽しむ奴だから」
『やれ、手厳しい。先程まで、我の掌の上に転がされていたとは思えんな』
「ちょっ!」

 やめて! バラさないで!!

「何? シオン、遊んでもらったのか?」

 ほらサバイバーが興味を示しちゃったじゃない!!

『今回の失敗で頭を悩ませていたり、甘味を欲しがっていたりしていたぞ』

 ああああぁぁぁぁ~~~~っ。

「案外、機嫌を取るのは難しくないからな。シオンは普通の少女なのだから」

 ディーマの温かな微笑みが痛い。
 というかそう思われてた事実が痛い。

「えーい、うるさいうるさいうるさーい!! 人間だもの、それくらい良いじゃない!」

 こうなったら開き直ってやる。
 って思った直後、戸惑いを隠せない表情かおをしたレイワが最後に口を開いた。

「シオン……気持ちは少々分かるが、もっと彼に恥ずかしくない振る舞いを心掛けたらどうだ?」

 レイワの言葉にトドメを刺された私は、船の甲板に突っ伏したのだった。