Eno.115 ハイド・スキン

前章

 
地下都市『イル』、そう呼ばれる世界がある。

その名に違わず土中の大規模な空間内に存在しており
上層・中層・下層の三層に区別された階層都市である。
ある病の蔓延に依って暴力が人間社会に大きく影響を齎した結果、明確な都市の主というものは無く代わりに幾つかの組織が経済と権力を支配し、組織の力関係と貧富の差は文字通り上下の差となって現れていた。

上層で産まれれば貴族とも言える暮らしか都市の柱たる組織に。
下層で産まれれば孤児と殺人、薬物にナンセンスのオンパレード。

それが人間と病、そして幾つかの神妙たるものが跋扈する都市であった。
そこに住む者ならば誰でも知っている弱肉強食が理であり病と怪異は恐れるべきであると。
だけれど然し。
然し、如何なる不幸もたった一つの言葉で腑に落ちる。

運が悪かった、恵まれなかった」、と。



─────ところは中層。
都市の中心部から蜘蛛の巣を張った様に走り伸びるトラム列車の線路。
下層を除き様々な場所へ行き来するのに便利な交通機関である。
仕事、生活、その他に溶け込む日常の一片であるが、その日常に翳りを落とす話があった。
『幽霊トラム』の存在である。

都市伝説ただの噂でも何でもない実在する現象であり怪異であり
覚えのない老いた駅員、駅という屋内にかかる霧、古び朽ちたようなトラム。
これに乗ってしまえばと何処かへ連れ去られ二度と戻らぬと、そう言われていた。
事実として、とある事案では詳細の断定できないものの百人規模の人間が消えている。行き先など誰も知る由がなかった。

そんな幽霊トラムに、そうとは知らず乗り合わせた者たちが居る。
そして何故か、本当になぜか怪異は行き先を妙な場所に示していた。

絶海の孤島、地中のみを知る者ならば確信する明らかな異世界。
ここに放り出された事を幸運と解くか不幸と説くかは、まだ誰もが知らぬ話である。
彼らの行き先など誰も知る由がなかった。