Eno.180 オルキーヌ

後日談

「はいはーい。こちら住民課でーす…移住のご検討?それはそれは!」
「それじゃあ早速見に行きましょうねぇ。あ?お車は初めてで?
ふふ〜ん、では安全運転で参りましょう」

東洋大陸の端から数時間。
なんでも、珍しい文化の街があると聞いてやって来たのだが到着早々ギラギラと光る変わった看板に迎え入れられたり、正直既にちょっと帰りたかった所にこれである。

町へ続く通りの手前、赤くてまあるいポストが目印の役所。

観光場所を聞きたいだけだと再三言ったのだが、全く聞く耳を持たない長身の職員に背中を押され、"車"と呼ぶ鉄の塊のようなものに詰められて道を進んでいく。
おっかなびっくりで縮こまって乗せられているのをよそに職員は前の席で手馴れた様子で変わった形の手綱をくるくるとしていた。
外は馬が引いてる訳じゃないし線路が引かれてる様子もない。不思議なものである。

「そう言えば好きな食べ物とかあります?
この道曲がった角にある喫茶店とかオススメですよぉ〜、オムライスとかカレーライスとか。
…あっ、船着き場のブイヤベースはもう食べました?それはそれは!」

手綱と一緒のくるくるとよく回る口で楽しげに職員は話す。
此方が答えるよりも速いスピードでどんどんと話が進んでいってしまう為、最早諦めて適当に返せるところだけを返すようにした。

「そこの奥は飲み屋通りです。
夜来ていただければ夜泣きそばの屋台とかもあるんで是非食べに来てくださいね。
腕を磨いて待っていますから」

まぁ機会があったらなんて月並みな返事を返した。
…はて、もしかしてこの職員が作るのだろうか?

飲み屋通りを抜け宿場の辺りを一周し、なんだか怪しげなピンのようなものが屋根の上に立っている施設や物置のような箱が立ち並ぶ場所を抜け、もう一度来た道を戻るようにして公園を通り過ぎると、ややのんびりとした通りへと風景が変わる。
肉屋、魚屋、花屋……先程のがちゃがちゃとした街並みに比べて穏やかである。

「ここが居住区周辺の通りですねぇ。
そこの肉屋のイノシシサンドも要チェックです。」

そこは?と大きな建物を指さす。何だか他の建物より作りがしっかりしていた

「そこは病院ですねぇ。住みよい町に健康は必須ですから」

家族が増えるのをきっかけに移住される方もいるんですよ、などと付け足され。
怪しい勧誘かと一度は疑ったが、存外ちゃんと住めるような作りにはなっているらしい。
それはそれとして観光客を誘拐まがいに案内するのはどうかと思うが。

今度は海の方行ってみます?なんてノリノリの職員の手元にあった一枚の写真に目が行き。
随分と文化の違う装束のその集まりの中に、その職員の姿もあった。

「これですか?」
「う~ん、この仕事をするきっかけ的なものですよ。」

低い唸り声を上げて鉄の塊は森の中を通っていく。

「ちょっとした縁だったんですが、また会う約束をしてましてねぇ」
「本当は適当にお呼びしてのんびり待つつもりだったんですが…」

森の終点、窓から暖かなが差し込み、視界が開けていく。

「もしまた出会えるなら今度は沈まない島で、なんて」

その時一瞬鏡に映った表情を見て、貼り付けた営業スマイルなんてやめればいいのにと心の中で思った。




___もうすぐ、海が見えてくる。