Eno.44 永埜目 詠

桜並木を通って20分

船の上で、先輩に噛まれた。
もちろん合意の上というか、そもそもそういう約束があったからなんだけど。
そのときの、ひとつ。



……噛み痕がひとつ、熱を仄かに持ったまま、いつまで経っても消えない。
最初は何か悪い病気にでもなったのかと思ったけど、どうもそんな感じではなく。
むしろもっと……何か……。
言うなれば、加護のような、お守りのような、そんな気配を感じる。
何か細工をされているのだろうか?
そんな細工をできるとしたら……烏丸先輩は、何者なんだろう?

その謎も、追々分かっていくかもしれない。
両親に頼み込んで、ちゃんと相談もして、
先輩の家に居候させてもらうことになったのだ。
流石に一緒に暮らすとなれば、多少の秘密も分かるんじゃないかな。
分からなかったらそれはそれで。一緒に暮らせるってだけで嬉しい。

家も学校に近くなることだし、
これからはスクーリングのときにもちゃんと学校に通えるようにがんばらないと。
無人島生活で半ば強制的に人に慣れたから、前より少しは外にも出られるはず。
部活にも、少しは顔を出したいな。

扉を開けた向こう側。
こんなに賑やかで、忙しないものだなんて、ずっと忘れていた。
たまには疲れて座り込むこともあるだろうけど。
大丈夫。
みんな、それを笑ったりしないよ。
だから、大丈夫。



さあ、いってきます。