Eno.234 越智出久

タロット占い師の内心【終】

俺は元の世界に戻った後、すぐ温泉宿に泊まりに行った。
そこで温泉に入って、身体は綺麗になったけど、服も洗わねえといけねーな。
たまたまコインランドリーもある宿だったから、浴衣に着替えた後そこで洗濯する事にした。

で、洗濯が終わるまでの間、宿の部屋で何となしにテレビをつけたら丁度ニュースが流れていた。

『大自然の恐怖、死者○○○人。集団で大津波に巻き込まれ……』

という見出しタイトルが付いていた。

見ていると、少し前までは行方不明者だったのが、今日になって全員の死亡が確認されたっていう話だった。
ある冒険者一行パーティが依頼として受けて、救出しに向かったらしいんだけど……駆け付けた時にはもう、何もかもが手遅れだったらしい。
その中には多分、俺が占ったお客さんたちも居るんだろうな。
今頃あの世で『嘘吐き』って呪ってるかも分からねえ。
勿論別に、死なせようと思ったワケじゃ無いんだけど……こんな事になるなら、最初から海辺に近寄らない方が良かったのかなぁ。
占って背中を押す側である俺が生き延びて、占ってもらって背中を押された側のお客さんたちが死んだというのは、ある意味皮肉で残酷な話だ。

俺は深い溜め息を吐いた。
その時、宿の従業員が扉を開けて、洗濯が終わった事を知らせにきてくれた。
とりあえず、洗濯物を持ってきて乾かそう。


「あの、少し良いですか?」

――洗濯機から服を取り出して、部屋に戻ろうとする俺を呼び止める声がした。
振り向くと、さっき呼びにきてくれた従業員が、心配そうな顔で見ていた。

「越智出久さん、ですよね? 各地を転々と旅をして、迷える人々を占いで背中を押してくれるという……」
「あ、はい……そうです、よく分かりましたね?」

答えた後で気付いた。

考えたら俺今、前髪上げてないじゃんっ!!
一週間も無人島生活してたから、すっかり慣れちまってたよ!!


んでも俺もちょっとは有名になったかなぁ~。

「ニュース、見てましたよね。大規模な津波に攫われて、多数の死者が出てしまった、あの」

ちゃっかり見られてた。
でも別に恥ずかしい事でもないからいいか。

「そうですね……本当に残念です。インタビューでも、依頼を受けてくれた冒険者一行を悪く言うひとたちばかりでしたし」

何でもっと早く依頼を受けなかったのか、何でもっと早く救出に行かなかったのか、気付くのも依頼を受けるのも遅すぎる……などなど、好き勝手言うひとの多い事。
絶対わざとじゃないだろうし、冒険者だって俺たちと同じように生きているひとたちなんだから、そいつらに万能を求めて期待するのは違うんじゃなかろうか。
って思ったけど、俺はこの身自体は一般人だから、声を上げたところで届かないだろうなぁ。

そんなアレコレを考えている俺の目を見て、従業員が確認するように言ってきた。

「……その事故現場に、出久さんも居ましたよね?」
「えっ」
「実は一週間ほど前、津波が来る……大体一時間くらい前でしょうか、休憩中に外を散歩していて、あの海辺の近くを通ったんですよ、わたし」

なんとびっくり。偶然ってあるんだな。

「その時に、臨時の占い処を見かけて。あの越智出久さんだ、と分かるのに時間は掛かりませんでした」

そりゃ時間掛けたら津波に巻き込まれちまうし、あの場にゃ俺以外の占い師は居なかった……と思う、からなぁ。

「そして、わたしが通り過ぎてからすぐ、例の津波が起きて。出久さんも攫われてしまったのだと分かってしまいました」

危ねぇな。この従業員は運が良かった。
あと三十分くらい遅かったら、きっと同じように巻き込まれて、……多分、死んでただろうな。

「……あなただけでも生きていて、本当に良かったです」

危機回避した従業員から、安堵の息が漏れた。
有名で知ってるとはいえ、あくまでも見ず知らずの俺の事心配してくれるなんて、良いひとだ。

「そちらこそ、津波に巻き込まれなくて良かったです。事故現場には、居合わせない方がいいに決まっていますから」

と、俺は至極真っ当な事を言った。

「俺は、占い結果を大きく外してしまいました。占い師としては、まだまだ未熟です」

どんなカードや向きが出ても、なるべく吉報を伝えるように心掛けてきたけれど、今回はそれが逆効果になっちまったかもしれねぇと思ってしまう。
かと言って、占い師になってから間もない間、ありのままに伝えたら、烈火の如く怒るお客さんも居たし……納得させるのって難しい。

占いとは、あくまでも未確定の事柄を見る事ができるもの……わたしは昔、そう聞いた事があります」

俺を責めるでもなく、従業員は……多分、自分が純粋に思ったんだろう事を言った。

「信じるも信じないも、占ってもらったひと次第。興味本位で占ってもらおうとするひとも居る、とも聞きました」

俺も聞いた事あるし、実際そういうお客さんも来たな。
大体そういう奴は、占い終わった後は興味を失って立ち去るか、さっき言ったように怒り散らすかだったっけ。

「どうか、あまり思い詰めないでください。相手は大自然、時にはわたしたちが想像もつかないような動きを見せてくるのですから」

と……最後に俺を労ってくれた。
もしかして、今回の事を気にしてると思われたか? 実際そうだけどさ……。
でもその言葉を聞いて、どこか安心した。
そうだよな。
俺があの海辺に居なくても、もしかしたら津波は来てたかもしれねぇ。
俺一人だけが動いたところで、間違いなくどうにもならない。
どう足掻いても、今回は相手が悪かったと、諦める他無いのかもな。
それに、津波に攫われたおかげで、俺はあの祭典の戦士たちとまた出会って、親交を深められたような気がする。
死んでしまったひとたちにはすげわりぃとは思うが、この生命が失われずに済んだだけでも万々歳、と前向きに考えよう。

「そう言ってくれると、ちょっと気が楽になります。ありがとうございました」
「はい。それでは改めて、ごゆっくりどうぞ」

最後に微笑みかけて、その従業員は業務に戻って行った。
俺も洗濯物乾かさないとだし、取った部屋へと戻って行った。




部屋の一角をちょっとお借りして洗濯物を干し、俺は用意された布団の上に寝転がる。

もどかしいなぁ、世界ってヤツは。
だけど、まだまだ捨てたもんでもねぇな。

そう思いながら、俺はゆっくり自分の時間を過ごすのであった。




【越智出久のシマナガサレ ~ Fin.】