Eno.16 ミオソティス

【0-1 花咲く館のミオソティス】


【前日譚 ミオソティスの花便り】
【0-1 花咲く館のミオソティス】

  ◇

 ミオソティス、通称はミオ。その透き通った青の瞳を、とある花になぞらえて付けられた名前。
 彼女は美しかったのだろう。幼い頃から彼女への求婚は止まなかったが、館の者は彼女に構うことはなかった。彼女への求婚は父親が適当な理由を付けて断って、一番良い条件のところへ嫁がせることばかりを考えていた。
 家を豊かにする為の道具としての存在、美しいだけの着せ替え人形。道具に向ける愛情など、ない。

 館に咲いていた美しき花は、
 いつも、いつだって孤独だった。

「…………行ってきます」

 忙しそうな父に声掛けて外へ。返事はない。父はミオの兄との会話に夢中で、ミオのことなんて眼中にない。

 咎められないのをいいことに、自分の好きな格好をして、今日も街へ出よう。
 家にいる時は可愛らしい格好を強要されるけれど、外に出る時は「あのミオソティス嬢だ」と分からない方が都合が良いので、好きな服を着ていても文句は言われないのだった。

 シルクのシャツにレースのジャボ、青いベストに青いマント、白いソックスに青いブーツ、頭には青いキャスケット。ミオの凛とした容姿も相まってか、それらを身に付けた彼女は王子様のようにも、何処かの貴族の少年のようにも見える。ミオはこの格好をとてもとても気に入っていた。

「……ふりっふりの可愛い服とかさ、
 何か……疲れるのさ」

 これを着ていられるのも今のうち。
 嫁ぎ先が決まったら、こんな服は着られない。

「…………」

 未来を想えば、溜め息ばかりしか出てこなかった。
 だから、“今”を生きてる。

  ◇

 フロルの家。父はグラジオラス、母はマーガレット、兄はアキレア。昔からの決まりにより、花の名前を付けられる家系。ミオソティスは淡い青をした小さい花だ。
 その花言葉は──

 フロルは、花に関する珍しい魔法に精通している家である。フロルの魔法は花に込められた意味を読み解き、花ごとにまるで違う力を展開する。それは希少な力であり、多くの者が欲しがった。

 グラジオラスもマーガレットもアキレアも皆、優れた花魔法の力を持っていた。しかしミオソティスの力はそこまでぱっとしたものではなく、『容姿以外に自慢になるものなどない』と鼻で笑われたほど。
 碌な花魔法を持たぬフロルの娘、飾られるだけのお人形さん、出世の為の道具のお姫様。

『ミオソティスは美しいのだから、
 王様の妾にでもなれれば良いね』

 父に言われた言葉が、胸の奥、抜けなかった。

「……僕も、僕だって、いつかは」

 屈み込み、道端の花に手を触れる。何の魔法も起こりやしない。フロルの力に守られたこの街は、今日も今日とていつも通りで。

 また、溜め息。
 フロルの魔法をまともに使えたのなら、
 お父様も僕を大切にしてくれたのでしょうか。

──孤独に咲く青い花は、無償の愛が欲しかった。