RECORD

Eno.34 シャルティオの記録

【0-12 約束は“新王”へ】


【0-12 約束は“新王”へ】

──視点:フェンドリーゼ

  ◇

 セラン王のはからいにより、
 フェンドリーゼは好きなだけ
 セラン王宮へ滞在することを許可された。

 同盟を結べたらその後は寄り道せずに帰れと
 母王から言われているのは承知の上なのだが、
 せっかくのチャンスだ、有効活用しよう。

「ファブルー、
 ねぇ、ファブル、いるー?」


 その日、彼が訪れたのは友人、
 第三王子ファブリツィオのいるところ。

 特殊な才能ゆえに幽閉されていた
 ファブリツィオの部屋は、王宮から少し離れた場所にある。
 「離れ」なんて呼ばれているそこへ、
 フェンドリーゼはわざわざ足を踏み入れた。

 離れの入り口には見張り用らしき機械がある。
 それに向かって、フェンドリーゼは声を掛ける。

「君と親交を深めたいのは勿論なんだけど……
 ファブルが離れに匿ってる人物に用があってさー」
『…………ちょっと待ってて』

 機械から声がした。
 少しした後で扉が開き、
 ファブリツィオ・セラリスティアが姿を現す。

「…………」


 ふわふわの金髪、鮮やかな青金石ラピスラズリの瞳、
 低めの身長、身に纏うは袖の余ったぶかぶか白衣。
 見た目は少年のような彼だけれど、
 フェンドリーゼと同じ26歳である。

「……やぁ、フェン。
 最近はお互い多忙だったけれど、元気そうだねぇ。
 相変わらず諜報係の真似事でもやってるの?
 ……まぁ、とりあえず」


 中に入ったら、と彼が招く。
 お邪魔しますとにこにこ、フェンドリーゼは離れの中へ。
 ここには何度も来たことがある。
 勝手知ったる友人の住処である。

 入った先はロビー。吹き抜けの天井、左右に広がる階段。
 至るところに宝石片やら金属片、
 何かの機械やらが置いてあり雑然としている場所。
 入り口の扉を閉めて、で? とファブリツィオが問う。

「……ねぇフェン、きみはぼくたちのこと、
 最近のこと、どこまで知っているんだい?」


「……セラン王国が、
 不死鳥の女王を匿ったことは知ってるよ。
 正確な情報って訳じゃないけど……
 きっと、いるんだろ?」


 フェンドリーゼの瞳から無邪気さが消える。
 真剣に話をするモードだ。

「…………何処から漏れた?」


 返すファブリツィオの声から、
 温厚さが消失した。

「……“彼女”が生きていることは、
 万が一にでも帝国に悟られてはならない。
 フェンドリーゼ、きみはそれを何処で知った?」


 フェンドリーゼはひらひら、手を振る。

「……セラン王国の川沿い、倒れていた白い人影。
 面白そうな気配がするよって、俺の神様が」

 己の中に宿る気紛れな風の神が教えてくれたのだと、
 フェンドリーゼは語る。

「…………きみのそれさ、
 諜報係として優秀過ぎる能力じゃないかい」
「ガンダリーゼの気紛れ次第だけどね!
 欲しい情報が確定で手に入る訳じゃないよ。
 今回はたまたま知れただけさ!」
「…………はぁ」

 ファブリツィオが呆れた顔をした。

「……まぁ、うん、
 そこまで見抜かれているなら隠さないよ」


 声をひそめて、説明される。

「ティファイ聖王国の女王、ファラウ・ティファイは、
 彼女の従者と共にこの離れで匿っている。
 死んだことにされている人間だから、
 くれぐれもこの情報は外に出さないように」


「分かってるよ。
 俺は帝国の利になることなんてするつもりないし。
 ……そのファラウ女王と話す機会を、貰えないかな?」


「…………用件は、
 ぼくにも話せることかい?」


 訝しげなファブリツィオに、
 うん、とフェンドリーゼは頷いた。

「……ティファイ聖王国にも、
 魔導王国じゃなくて俺が個人的に協力するよってことと
 ……“新王”を頼むよって」


「……フェンが国とか関係なしに
 好き放題動いているのは分かったよ。
 ……で、“新王”とは?」


「今は言えないけれど、
 戦争が終わったらきっと分かるようになるよ!」


 フェンドリーゼが、胸に秘めている計画がある。
 その実現の為にも、この接触は必要だった。

 しばし悩んだ後、ファブリツィオが肩を竦めた。

「…………許可する。
 その前に、女王に客人が来ることを伝えておくよ……。
 フェンドリーゼ、ぼくはきみを信頼している。
 変な真似はしてくれるなよ?」


 向けられた青金石ラピスラズリの瞳に、

「──勿論さ!」


 笑ってみせたフェンドリーゼだった。

  ◇

 離れの中には、隠し部屋がある。
 機械で連絡を入れた後、
 ファブリツィオが何やら別の機械を操作すれば、
 何もないはずの壁が奥へ凹んだ。

「この先が女王たちの部屋だ。失礼のないようにねぇ」

 凹んだ先は廊下のようになっていて、その最奥に扉があった。
 そこを、ノックする。

「……ファラウ女王陛下、いるかい?」
「……いる。鍵は開けているよ」

 返答。若く凛とした女性の声。
 お邪魔しますと扉を開けて、中に入って、閉めた。

 それなりに広い一室。
 手前には大きめのテーブルがひとつ、椅子がふたつ。
 奥の方には天蓋付きベッドやら箪笥やら本棚やら。
 その椅子のひとつに、“彼女”がいた。

 雪のように白い髪、紫に黄金の混じった黎明の瞳。
 白を基調に黄金のラインの入った服を着た、男装の女王。
 ティファイ聖王国の民の信仰の対象たる聖女──
 ファラウ・ティファイだ。

 女王の傍らには、緑の髪に青い瞳、
 緑のネクタイを締めた青年が控えている。
 彼こそ、女王の従者、「王の守り星」サダルメリクだろう。

 フェンドリーゼが椅子に座ったのを確認した後、
 女王が口を開いた。瞳には警戒。

「……フェンドリーゼ王子、だったか。
 私が何者なのか分かった上で、対話を望んでいるんだね。
 用件は何だろうか」


「用件はふたつある。
 ひとつ目は……魔導王国の意志ではなく俺個人の想いで、
 今後、ティファイ聖王国への助力をするよってこと」


 にこ、とフェンドリーゼは笑う。
 彼なりに思惑があるのはそうだけれど、
 不死鳥の女王の治めるこの国に興味を抱いたのもまた確か。

 国に縛られず自由に動けるフェンドリーゼなら、
 彼女たちの助けになれるかも知れない。

「……裏があるんじゃないだろうな」


 従者のサダルメリクは訝しげだ。
 代わりに、とフェンドリーゼは頷いた。

「俺個人から、お願いがある!」


 これが、わざわざ女王を訪ねた本当の理由。

「──魔導王国の“新王”の、力になると、
 約束してくれないか」


 宝石のオッドアイは、真剣な輝きを宿して。

「…………新王、だと?
 今の魔導王国の王はフォルーシア女王だよな。
 彼女の次の王の……つまりはフォーリン王子?
 の助けになれと……そういうことか?」


「俺はフォーリンが“新王”だとは
 一言も言ってないけど?」


 混乱する女王に、悪戯っぽくフェンドリーゼは笑う。

「戦争が終わればきっと分かりますよ、女王陛下。
 俺は貴方にこそ、“新王”を助けて頂きたいのです」


「私で出来ることなら、助力を約束するが……。
 “新王”は少なくとも……フォーリン王子では、ないと?」


「さぁね」


 悪戯っぽくフェンドリーゼは笑う。

「用件はそれだけ!
 お邪魔いたしました、女王陛下!」


 そして彼は、風のようにいなくなったのだった。

  ◇

「…………“新王”ねぇ」


 戻ってきたフェンドリーゼを、
 ファブリツィオが迎えた。

「念の為、会話は聞かせてもらったよ。
 ログは後で廃棄する。
 フェンがこれから成そうとしているのは……革命かい?」


 さぁね、とフェンドリーゼははぐらかす。

「だとしても、言う訳にはいかないだろ?」


「……そりゃそうだ。革命は慎重に行わなければ、
 簡単に賊軍にされてしまうからねぇ」


 頷くフェンドリーゼに、

「……じゃ、ぼくからもお願いだ」


 ファブリツィオが、声を低くする。
 フェンドリーゼはその青金石ラピスラズリの瞳に、
 秘めた決意を見たような気がした。

「……“こちらの新王”にも、よろしくねぇ」


 交差する視線。
 ふたりは互いの瞳の中に、革命への意志を見たような気がした。
 しかしフェンドリーゼは、ファブリツィオの言葉に、

「……それは約束出来ないな」


 否を返した。

「……“新王”が魔導王国に現れたら、
 俺はもう二度とあの国に戻らない……どころか、
 北大陸から出てしまうかも知れない。
 ごめんね、俺は戦争の後はセラン王国を助けられないのさ」


 悲しいという感情を知らないフェンドリーゼの声は、淡々と。
 彼はとある未来を、予期していた。

「でも、キィルには言っとくよ。
 彼は俺の側から離して、
 “新王”の隣に居させるつもりだからねぇ。
 あぁ……だから、今のうちに言っとくね、ファブル!」


 フェンドリーゼはにこりと笑った。


「──俺の友達でいてくれてありがとう!
 大好きだよ!」


 
 まるで、もう二度と会えないかも知れないから、
 その前に言いたいことを言おうとしているかのように。

 フェンドリーゼは、とある未来を予期していた。
 永遠に友達で、永遠に仲良しでいられるなんて、
 そんなの無理だ、エソラコトだ。
 待ち受けるものを知っているから、だからこそ、今のうちに。

「……ぼくは、きみのこと、
 ともだち、なんて」


 言い掛けて、ファブリツィオが首を振る。
 心の欠けたフェンドリーゼは
 彼の抱く複雑な感情を理解出来ないから、ただ首を傾げた。

「……違う。えっと……フェン。
 ぼくも……きみのこと、大好きだよ。
 こんなぼくに……王宮では嫌われ者のぼくに、
 それでも明るくきみらしく接してくれて……ありがとう」


 素直な言葉が返ってきた。
 フェンドリーゼはにこ、と笑い、
 それじゃとその場を去ろうとする。
 まって、とファブリツィオの声が追い掛けた。

「もう……出立してしまうのかい?」
「寄り道せずに国に帰れって、母上からの命令だからね!
 この寄り道は内緒だよ!」
「まって……ちょっと……まって……」

 ファブリツィオがばたばた、ロビーの奥へ消えていく。
 少しして彼が何かを持ってきて、
 それをフェンドリーゼの手に押し付けた。

「はい……これ……!
 ぼくからの……餞別……」


 それは小さな懐中時計だった。
 ファブリツィオが大切な友人に渡しているのは、
 いつもいつも時計。
 それは彼なりに示す、親愛の証。

「オルゴールの鳴る懐中時計……!
 役に立つものじゃないかも知れないけれど……
 きみに……あげる……」


 フェンドリーゼは、それを大事そうに受け取った。

「……ありがとう、ファブル。俺の……友達!」


 じゃ、と今度こそ去ろうとするその背中に、
 声が掛けられた。

「フェン……元気でね!
 お互いこれから苦難があるのかも知れないけれど、
 息災でいようね! いつかまた会えたら良いね!
 それまで……元気でね!」


「……君こそ、元気でね、ファブル」

 振り返らないで手を振って、
 フェンドリーゼは離れから出て……
 帰路に着いたのだった。