RECORD

Eno.366 シトラス・オーランティフォリアの記録

Act.0「探訪の青果」

ライムは、いや、シトラス・オーランティフォリアは王族である。
第一王家プライムルートと呼ばれる直系の血族の中で長女、つまりは第一王女にあたる彼女は、時期が来れば正当に王位を継ぎ女王となる運命にある。

キトルシア王国は農業国家である。多くの国がキトルシアの農産物の恵みにあやかり、そして……その豊穣を狙っている。

祖母、シトロンは強かった。
戦乱の世の中、若くして剣技に目覚めた彼女は、踊るように舞うようにあらゆる敵勢を薙ぎ倒して「キトルシアの姫騎士」と呼ばれ、降り掛かる火の粉を払った。

幼いライムは祖母によく武勇伝をねだった。
その話はどれも勇ましく、華やかで、格好良かった。
幼いライムは自分も祖母のようになりたいと剣技を習いたがった。
シトロンは今の世には必要の無い物だと渋ったが、ライムに根負けして剣技を教え始めた。
指導が続いていればあるいは、ライムも既に一角ひとかどの剣豪になっていたかもしれない。

母、レモンは強かだった。
時勢が落ち着き武力よりも資本力が物を言う時代、一足早く王位に就いた彼女は、積極的に農業改革を進めてキトルシアをあらゆる国家に不可欠な主要取引国としての地位を確立し、周囲の国々を黙らせた。

キトルシアの治世は安定している。発展は少ないが、衰退も少ない。ように見える。
しかしライムは知っている。
実際はキトルシアを不用意に目立たせぬように、さりとて民が飢える事の無いように、
譲歩し、根を回し、媚びへつらい、あるいは誠意の限りを尽くし、
女王レモンが全てを治めコントロールしているのだと。
しかしどれだけ友誼を結び利益を提示したところで、大国はキトルシアの農産品を買い叩き、隙さえあればキトルシアを裏切ることなどいつでもできるのだと。

ライムは王女として多くの事を学んだ。政治、国勢、歴史、とりわけキトルシアの主産業である農業のことも。
知れば知るほど、学べば学ぶほど女王の苦労が、努力が、そして徒労が、理解わかってしまった。
かつて憧れた祖母の英雄譚がいかに、上澄みだけを切り取った氷山の一角であるかを、知ってしまった。
学んだ事が、無慈悲な道理が、ぐるぐると頭を回る。
ある日の夜に、レモンははおやが頬を"夜露"に濡らして言った「助けて」をライムは忘れられなかった。

隣国、アダマシアは急速に力をつけている。
それは工業化による発展……ではない。王と、それを崇める国民の関係が強くなっている。
もはや内政で対策を講じる術は残されていない。
戦わなければキトルシアは無くなる。しかし、誰が?
キトルシア国民は農民だ。今更武器を持たせてもどうにもならない。
もっと早くに軍を編成するべきだった?……否。
農国であるから見逃されていただけで、キトルシアが軍備を整え始めた時点で他国は宣戦を告げただろう。

どうする。どうすれば。どうしよう。
自分は何も知らなかった。誰が何をしていたのかも、自分は何をすべきなのかも。
祖母は、他界した。「キトルシアの姫騎士」はもう居ない。
姫騎士……剣舞……ふと、祖母の剣技ブレードロンドの出処が気になった。
ライムが学んだ全ての国において、そんな流派は聞いた事もなかった。
どこで?
祖母は若い頃に「旅行」に行ったと言っていた。
どこに?
「どこかに、"何か"があるかもしれない」
それは、予感。
他世界という概念が無く、「ライムの故郷の世界」を指す言葉すら無い後進的な世界において、それはあまりにもか細い光明だった。
あらゆる書籍を捲り、あらゆる記録を辿り、そして……

「──はじめまして!あなたがライムさんですか?
わたしは闘技世界『フラウィウス』の特別闘技市『アレーナ特区』の受付担当の者です!」
「ご申請、ありがとうございました!貴方には確かに"戦いの素質"があります!
よってここに!フラウィウスへの招待状をお送りさせていただきます!」
「この招待状は契約書でもあります!ライムさんの場合は7月を予定としている第一シーズン終了まで!
思うがままに闘い、鎬を削り、観客を熱狂させるのがあなたの仕事でもあります!」
「ご了承いただけるのであればここに──」

その手を、取った。