RECORD

Eno.34 シャルティオの記録

【0-13 きっと、万事上手くいく】


【0-13 きっと、万事上手くいく】

  ◇

 3月の終わり頃のこと。
 王宮でひっそりと生きるシャルティオたちは、
 久しぶりにその人影を見た。

「…………」


 城の中庭。鮮やかな緑髪、
 宝石のようなオッドアイ、いつもの緑の帽子。
 “彼”が空を見上げ、物憂げにしていたものだから。

「にいさん…………!」

 シャルティオは思わず駆け出した。
 義足が地面を蹴る。慌てたせいでバランスを崩し、
 中庭の大地にすっ転ぶ。

「シャル様、大丈夫で──」

「…………シャルティオ?」


 支えようとしたキィランの声に被せるよう、
 人影がこちらを見た。
 少し虚ろだったオッドアイが、光を取り戻す。

「えっと……ただいま」


 フェンドリーゼが、にへら、と笑って片手を挙げた。
 シャルティオは起き上がり、その胸の中に飛び込んだ。

「にぃ……さ……。
 いろいろ……あった……の……。
 こわかったの……たいへん……だった……の……。
 にぃ……さ……」

「よしよし、いい子いい子。
 ……側にいてあげられなくて、ごめんね。
 俺もね、忙しくってさ」

 泣きじゃくるシャルティオを、
 優しく抱きしめる大きな手。
 シャルティオの毒の涙でフェンドリーゼの衣服は
 ボロボロになるけれど、彼は気にしていないようだ。

 宝石の瞳に、光が宿った。
 そして、彼は言うのだ。

「──大丈夫、きっと万事上手くいくから。
 俺を信じて、シャル!」


 親を信じられない。
 姉を信じられない。
 長兄を信じられない。

 日々の中でシャルティオの中に積み重なっていく不信の感情。
 それでもまだ、信じていられる人たちがいる。
 それがこの兄と兄の従者キィランだ。
 シャルティオにはもう、このふたりしかいなかった。

 だから、この兄がいつか全てを
 ハッピーエンドに導いてくれること、
 シャルティオはずっと信じている。

 ぎゅうっと兄を抱きしめる身体は、ちょっと震えていた。
 でも大丈夫だよね、きっときっと兄さんが。

──そう、思っていたいのに。

 12月4日、シャルティオの誕生日。
 あの日に兄が見せた涙や
 「いなくならないで」の言葉に返してくれなかったことが、
 胸に引っ掛かり不安の種を残す。

「にぃさんは……
 いなくならない……よね……?」

 頷いて欲しかった。
 いなくならないと約束して欲しかった。
 それなのに。

「…………俺を、信じて」


 ちゃんとした肯定は貰えない。
 宝石のオッドアイは逸らされた。

「さて、まだ寒い季節だしね。
 ずっと中庭なんかにいたら凍えちゃうよ、シャル。
 兄さんと一緒に、部屋の中へ入ろう」
「…………うん」

 シャルティオは、
 差し出された手を握ることしか、出来なかった。

  ◇

「……さて」

 シャルティオが眠ってしまった後の夜。
 フェンドリーゼは、キィランを呼び出した。

「……言えるうちに言っておく。
 俺は、君の従者の任を、解くね」


 キィランが嫌いになったとかじゃない、
 最初から決めていたことだ。
 これから事態が大きく動くだろうから、
 その前に言うべきことは言っておこう。

「でもその前に最後の命令。キィラン・リリィス。
 君は、シャルティオ・アンディルーヴを守れ。
 あの子から嫌われても守れ。
 君はこれよりあの子の従者だ。
 けれど……俺がその命令をしたことは、
 来たるタイミングまで言わないで」
「…………御意」

 誰よりも信頼していた従者。
 別れるのは辛いけれど、
 これからを思うならばそれは必要なこと。

「今まで俺の従者でいてくれてありがとう。
 これからも、あの子をよろしくね」
「……私も、フェン様という素晴らしき主人を持てて、
 幸せに御座いました」

 人々が寝静まる深夜。
 人知れず、主従が変わった。