RECORD

Eno.34 シャルティオの記録

【0-2 惑える心は牢の奥】


【0-2 惑える心は牢の奥】

  ◇

 11月のはじめのこと。
 フラウィウスへ行っていたシャルティオたちは、
 元の世界へ帰還した。

「アンディルーヴ魔導王国が第二王子、
 フェンドリーゼ・アンディルーヴ、只今帰還しました」
「……シャルティオ・アンディルーヴ、帰還しました」
「キィラン・リリィス、帰還致しました」

 魔導王国の王宮、
 女王フォルーシアのいる玉座の間。
 3人の人物が膝をついている。

 玉座の女王は美しい白い髪を長い三つ編みにし、
 その瞳は空の色。
 彼女はシャルティオと少し似た雰囲気を持っていた。

「お帰りなさい、皆。
 さて、私が帰還命令を出した理由は……
 分かっているわね?」
「……帝政アルドフェックの不穏、だろ。
 で、俺たちは何をすれば良いんだい?」

 この母親を完全には信用していないかのように、
 フェンドリーゼの色違いの瞳が油断なく光っている。
 女王はフェンドリーゼだけを見て答えた。

「フェン、おまえには私個人から密命があるわ。
 だからおまえは……いや、
 おまえの従者もこの部屋に残りなさい」

「シャルには用なんてないから、
 おまえはさっさと地下の部屋に戻りなさい。
 おまえが外に出られたのは、
 そこが異界という特別な場所だったからです。
 おまえには本来ならばそのような自由などないと、
 分かっているわよね?」
「…………はい」

 母の言葉に、シャルティオはうなだれる。

 分かっている、分かっているんだ。
 この世界に於ける自分に価値なんて、ないこと。
 このまま何も変わらなければ、
 閉じ込められ利用されるだけで終わってしまうこと。

 部屋に戻りたくなかった。
 地下牢みたいなあそこは嫌いだ。
 けれど母の命令には、絶対的な響きがあって。

──逆らえないのだ、どうしても。

 シャルティオは縋るように傍の兄を見た。
 兄の袖をぎゅっと引っ張ったが、
 兄はこちらを見てくれなかった。

 口元にはいつもの笑み、
 けれどこちらを決して見ない。
 今の兄は助けてくれない? どうして?

 どこかで思っていた。
 あちらからこちらに帰ったのなら、
 何かが変わるって、ちゃんと必要とされるって。
 
 けれど兄はこちらを見ないし、
 母も、地下に戻りなさいと言う。
 何にも変わらない、日常へ──。

 国が荒れ始めている今、
 シャルティオは自分の力が必要とされると思っていた。
 それはただの傲慢な勘違いだったの?

「聞こえなかったのかしら。
 シャルティオ、おまえは地下の部屋に戻りなさい。
 何度も言わせないで。私は暇ではないのよ」
「………………はい」

 逆らえない。
 震える身体を抱きしめて、
 シャルティオはいつもの部屋への道を行く。
 玉座の間を出る刹那、風の魔法で声が届いた。

『──万事、上手くいくから。
 俺を信じて、シャルティオ!』


 はっとなって振り返る。
 兄はこちらを見ていない。
 魔法で声だけ届かせて、その瞳は母を見て。

 信じて良いのかな、とシャルティオは思う。
 兄さんには何か策があるのかな、
 信じていたら助けてくれるかな、
 ここに僕の居場所は出来るのかな。

 分からなくて、心は惑った。
 他に縋るものもなかったから、
 シャルティオは兄の言葉を心の中、何度も反芻した。

  ◇

 地下への階段をひとり、歩く。
 厳重に閉ざされた扉の向こう、整えられた部屋ひとつ。
 忌むべき存在とされた王子はこの部屋に閉じ込められ、
 そこから出るなんて考えたこともなく。

 結局はまた、牢獄の部屋へ逆戻り。
 暴れれば自由になれた?
 何でずっと従っているのかな。

 部屋に戻れば、外から鍵の掛かる音。
 誰かに閉められた、もう出られない。
 何でかな、何でこんな現実を受け入れているのかな。

 自由の味を知ったのに。
 確かに強くなれたはずなのに。
 なのにどうして今、まだ、こんなところに僕はいるの。


 疑問に思えるようになれただけでも、
 進歩はしたのかな、どうなのかな。

「リオ……おねーちゃ……おにーちゃ……」

 フラウィウスで紡いだ素敵な絆たちの名前を呼んだ。
 もう夢は終わったんだ。
 呼んでも誰も来てくれないって、分かっているのにさ。

 牢獄にいるのが当たり前だったから、
 自分の意思ではそこを出られない。
 大嫌いなはずのそこが、
 自分の当たり前の居場所だった。

 部屋の僅かな隙間から
 つむじ風が入ってきていたことになんて気付かぬまま、
 無駄に豪華な寝台の上、少年は目を閉じた。

 未来が見えなかった、
 何をすれば良いのか分からなかった。
 兄さんはこんな僕に何を求めるの、
 兄さんが僕に望むものは何?

 本当は国の為に動きたいのに、
 命じられたのは地下の部屋へ行けとだけ。
 逆らおうにも逆らえない己が、
 ひたすらにもどかしくて、苦しかった。

「……あれ、僕、こんな、だった、っけ」

 胸を押さえて、シャルティオはうつむく。