RECORD
Eno.34 シャルティオの記録
【0-16 長く厳しい冬を耐えて】
◇
シャルティオは慌ただしくなってくる状況の中でも、
王宮から出ることを許されなかった。
僕が必要だから兄さんは僕を
フラウィウスから連れ戻したはずなのに、僕の出る幕はない。
何かしなくちゃと思っても、
閉じ込められている王子が出来ることなんて。

キィランが隣でそう言ってくれるけれど。
ならばあとどれくらい耐えれば良いのだろう。
どれぐらい待てば状況は変わるのだろう、
自分が役に立てる日が来るのだろう。
分からなくて、先も見えなくて、
動くことを許されない己がもどかしくて、
シャルティオは窓の外ばかりを眺めていた。
そんなある日の、夜。
「…………」
喉が渇いたからキィランと一緒に厨房へ向かったら、
何処かで大きな音がする。こんな夜更けに?
「…………キィル」
「……気になるのでしたら、共に参りましょう」
シャルティオはキィランの袖を引く。
キィランが頷き、シャルティオを守るよう前に立って
物音のした方へ向かっていった。
誰かの言い争う声がした。
「だから! 僕は僕の役割を果たそうとしているだけだろっ!
うるさい、止めるなよ!」
「女王陛下の御命令ですよ!
お坊っちゃまはいつになったら
真面目に言うことを聞くようになるのですか!」
言い争っていたのはシャルティオの長兄、フォーリンと、
王宮魔導士長ギャレットだった。
どうやらフォーリンは、母王の留守番の命令を破って
戦場に向かわんとしているらしい。
大きな声も、争いも嫌いだ。
シャルティオはキィランの背中に引っ込んでしまった。
やれやれとキィランが呆れている。
「ご機嫌よう、ギャレット。これは何の騒ぎに御座いますか」
「見ていないでキィランも止めて下さい!
これでお坊っちゃまも城を出てしまわれたら、
おふたりに万が一のことがあった時に誰が国を継ぐのですか!」

キィランが不敵に笑んで、
己に掴まるシャルティオを示す。
「シャル様ではご不満ですか、ギャレット」
「……私はシャルティオ殿下に不満はありません!
けれど民がそのような出来損ないの王子を許すか──」

にこ、とキィランが笑っている。
その笑みの底、冷たい冷たい敵意を宿して。
「もう一度、同じことを言ってみなさい。
王宮魔導士長と言えど、この私が容赦致しませんよ」
「…………済みませんでした」
ギャレットが謝っている間に、
件の王子、フォーリンの姿は消えている。
ギャレットの顔に焦りが浮かんだ。
「お坊っちゃまー! 私は留守を任されているのに!
いけません、すぐに追い掛けねば!」
ギャレットの姿が、開かれた大扉の向こうに消えていった。
やれやれと溜め息をついてキィランが扉を閉めて、
シャルティオを見ている。
「災難な場面に出会いましたね。
でもご安心下さい、
私がシャル様をお守りしますからねぇ」
シャルティオはそんな従者を見上げている。
先程聞こえたギャレットとのやり取りが、
少し頭に引っ掛かっていた。

あのさ、と青の瞳に、不安を宿して。

当然ですとも、とキィランが頷いた。
「親に虐げられようとも、
シャル様もまた王子の身なれば。
……私はね、シャル様ならば、
良い王になれると信じておりますよ」
「……僕は、出来損ないなのに?
僕よりも優れた継承者がいるのに?」
「……自分を卑下する行為は、
自分を大切にしてくれる人たちをも
卑下するのと同じことですよ?」
前にも似たようなことは言われたか。
キィランは、何度だって同じことを言ってくれる。
前を向け、自信を持って胸を張れと教えてくれる。
キィランが少し身を屈めて
シャルティオと目線を合わせ、
シャルティオの目を真っ直ぐに見た。

それは、彼の紛れもない本心なのだろう。
ツートーンの瞳には、ただただ誠実な輝きがあった。
「フォーリン殿下は愚か者だ。
フェン様は王位継承権を蹴り飛ばした。
ティナ様、ティカ様双子には王になる程の覇気がない。
……シャル様だけなのですよ、
王になるのなら私が是非お仕えしたいと、心から思うのは」
「僕が……魔導王国の……王……」
ぽかんと、シャルティオはツートーンを見ている。
考えたこともなかったのに、
この従者がこんなにも真っ直ぐな瞳で見つめてくるものだから。
なれるのかな、こんな自分でも。
もしもなれたのなら、なっても良いのかな。
「……これだけは明かしておきましょうか。
フェン様はフォーリン殿下を排除するおつもりです。
フェン様は、シャル様をこそ王にしたいと考えておいでです」
だから、だからこそ、
彼はフラウィウスからシャルティオを連れ戻したのだと語る。
彼の望んだ未来の果てには、王となったシャルティオがいたのだ。
咲けない花じゃない。
長く厳しい冬の果て、
シャルティオが咲くことをフェンドリーゼが信じていた。
「……今はまだお辛い時期でしょうが、
待って、耐えて下さいませ。
そうしたら必ず夜は明けます、それまでは」
「…………うん」
シャルティオは、頷いた。
信じているよ、兄さん。
◇
翌日、アルティナ&アルティカ双子が、
女王に呼び出されて戦場へ向かった。
王宮に残っている人間はさして多くない、
この隙に攻め込まれたら大変だ。
けれどまだ優秀な王宮魔導士たちが残っているし、
女王には万が一の為の特殊部隊もいると聞く。
きっときっと大丈夫。
兄の言葉が、キィランの言葉が。
王宮で皆の無事を祈るシャルティオを励ました。
【0-16 長く厳しい冬を耐えて】
【0-16 長く厳しい冬を耐えて】
◇
シャルティオは慌ただしくなってくる状況の中でも、
王宮から出ることを許されなかった。
僕が必要だから兄さんは僕を
フラウィウスから連れ戻したはずなのに、僕の出る幕はない。
何かしなくちゃと思っても、
閉じ込められている王子が出来ることなんて。

「今は忍耐の時ですよ、シャル様」
キィランが隣でそう言ってくれるけれど。
ならばあとどれくらい耐えれば良いのだろう。
どれぐらい待てば状況は変わるのだろう、
自分が役に立てる日が来るのだろう。
分からなくて、先も見えなくて、
動くことを許されない己がもどかしくて、
シャルティオは窓の外ばかりを眺めていた。
そんなある日の、夜。
「…………」
喉が渇いたからキィランと一緒に厨房へ向かったら、
何処かで大きな音がする。こんな夜更けに?
「…………キィル」
「……気になるのでしたら、共に参りましょう」
シャルティオはキィランの袖を引く。
キィランが頷き、シャルティオを守るよう前に立って
物音のした方へ向かっていった。
誰かの言い争う声がした。
「だから! 僕は僕の役割を果たそうとしているだけだろっ!
うるさい、止めるなよ!」
「女王陛下の御命令ですよ!
お坊っちゃまはいつになったら
真面目に言うことを聞くようになるのですか!」
言い争っていたのはシャルティオの長兄、フォーリンと、
王宮魔導士長ギャレットだった。
どうやらフォーリンは、母王の留守番の命令を破って
戦場に向かわんとしているらしい。
大きな声も、争いも嫌いだ。
シャルティオはキィランの背中に引っ込んでしまった。
やれやれとキィランが呆れている。
「ご機嫌よう、ギャレット。これは何の騒ぎに御座いますか」
「見ていないでキィランも止めて下さい!
これでお坊っちゃまも城を出てしまわれたら、
おふたりに万が一のことがあった時に誰が国を継ぐのですか!」

「……王位継承者ならば、
ここにおられますよ?」
キィランが不敵に笑んで、
己に掴まるシャルティオを示す。
「シャル様ではご不満ですか、ギャレット」
「……私はシャルティオ殿下に不満はありません!
けれど民がそのような出来損ないの王子を許すか──」

「──我があるじの愛するシャル様を、
出来損ないと呼ばれますか?」
にこ、とキィランが笑っている。
その笑みの底、冷たい冷たい敵意を宿して。
「もう一度、同じことを言ってみなさい。
王宮魔導士長と言えど、この私が容赦致しませんよ」
「…………済みませんでした」
ギャレットが謝っている間に、
件の王子、フォーリンの姿は消えている。
ギャレットの顔に焦りが浮かんだ。
「お坊っちゃまー! 私は留守を任されているのに!
いけません、すぐに追い掛けねば!」
ギャレットの姿が、開かれた大扉の向こうに消えていった。
やれやれと溜め息をついてキィランが扉を閉めて、
シャルティオを見ている。
「災難な場面に出会いましたね。
でもご安心下さい、
私がシャル様をお守りしますからねぇ」
シャルティオはそんな従者を見上げている。
先程聞こえたギャレットとのやり取りが、
少し頭に引っ掛かっていた。

「…………キィル」
あのさ、と青の瞳に、不安を宿して。

「……こんな僕にも、王位継承権は、あるの?」
当然ですとも、とキィランが頷いた。
「親に虐げられようとも、
シャル様もまた王子の身なれば。
……私はね、シャル様ならば、
良い王になれると信じておりますよ」
「……僕は、出来損ないなのに?
僕よりも優れた継承者がいるのに?」
「……自分を卑下する行為は、
自分を大切にしてくれる人たちをも
卑下するのと同じことですよ?」
前にも似たようなことは言われたか。
キィランは、何度だって同じことを言ってくれる。
前を向け、自信を持って胸を張れと教えてくれる。
キィランが少し身を屈めて
シャルティオと目線を合わせ、
シャルティオの目を真っ直ぐに見た。

「──私は、シャル様の治める
魔導王国をこそ、見てみたい」
それは、彼の紛れもない本心なのだろう。
ツートーンの瞳には、ただただ誠実な輝きがあった。
「フォーリン殿下は愚か者だ。
フェン様は王位継承権を蹴り飛ばした。
ティナ様、ティカ様双子には王になる程の覇気がない。
……シャル様だけなのですよ、
王になるのなら私が是非お仕えしたいと、心から思うのは」
「僕が……魔導王国の……王……」
ぽかんと、シャルティオはツートーンを見ている。
考えたこともなかったのに、
この従者がこんなにも真っ直ぐな瞳で見つめてくるものだから。
なれるのかな、こんな自分でも。
もしもなれたのなら、なっても良いのかな。
「……これだけは明かしておきましょうか。
フェン様はフォーリン殿下を排除するおつもりです。
フェン様は、シャル様をこそ王にしたいと考えておいでです」
だから、だからこそ、
彼はフラウィウスからシャルティオを連れ戻したのだと語る。
彼の望んだ未来の果てには、王となったシャルティオがいたのだ。
咲けない花じゃない。
長く厳しい冬の果て、
シャルティオが咲くことをフェンドリーゼが信じていた。
「……今はまだお辛い時期でしょうが、
待って、耐えて下さいませ。
そうしたら必ず夜は明けます、それまでは」
「…………うん」
シャルティオは、頷いた。
信じているよ、兄さん。
◇
翌日、アルティナ&アルティカ双子が、
女王に呼び出されて戦場へ向かった。
王宮に残っている人間はさして多くない、
この隙に攻め込まれたら大変だ。
けれどまだ優秀な王宮魔導士たちが残っているし、
女王には万が一の為の特殊部隊もいると聞く。
きっときっと大丈夫。
兄の言葉が、キィランの言葉が。
王宮で皆の無事を祈るシャルティオを励ました。