RECORD
Eno.263 ユビアサグラーダの記録
流体
ざざ、ざ、ざざ。
竜の去った海岸に、1人取り残される。

──今一番の最悪は、完全に敵とみなされここまでの関係を切られること。
次に悪いのは、彼の過去を調停者から聞いた昨日を勘づかれること。
前者の場合は鍛錬と聴取の機会がなくなり、後者の場合は『何も知らない他人』の前提が崩れる他、あの二人の仲にも差支えがある。
大きな危機の回避のためなら、いずれ発覚する秘密を差し出す方がマシだ──少なくともまだ、竜からすれば自分たちは単なる仕事上の協力者にしか見えない、はず。
なので早々に開き直ることにしたが、この事実は相手の敵愾心を煽る恐れが十分にあった。
だからこうして 念押し に来た。来たが。

こんなに疲れると思っていなかった。性に合わないのだ。
悪意と敵意に満ちた、破滅的で痛々しい存在。それの警戒を少しでも解くには、結局これしかない。身も世もなく、自分を曲げず、何度もしつこくぶつかっていくしかない。
いくら無碍にしようと引っ付いてくる弱者は、存外振り切りづらい。実体験で学んだことだ。
ざざ。ざ。
押して返す波打ち際、小さな影がいた場所をもう一度見る。
見慣れた、その姿。ここには、見えてはいけないそれ。
──少しづつ、幻術の多用による悪影響が出始めている。通常ならば、ここで一度取りやめて術抜きをすべき、だが──

声はさざなみに砕けてか細い。
それでも問いに答えるように、どこかから懐かしい声がする。

+
「……だからあ!出たとこ勝負が大事なんですよ!」
──出立3日目。東門から城壁外に出、そのまま森林地帯を進行中。魔物の様子に以前との変化はなし。進行及び拠点確保のために必要な分だけ処理、このまま東南東に向かい──
「こう、見えた瞬間にピピピーーッて急所だけ狙って即死させたらダメなんですって!それやったら僕が練習できないじゃないですか!もう!」
──次の中継点までは馬で2日。今日中に半分の道程を進み、余裕をもって補給を行う。そのため、脅威度の低い敵に時間を取られる訳には──
「……というか!さっきからずっと一人で木の上飛び回ってるし!無視してくるし!ちゃんと聞こえてますか?騎士さん!」
──なんだこいつは。──
出発時からずっとこうだった。あくまでお飾り、体裁だけの無力な子供は、異様な勘の良さで移動する自分に着いてくる。城壁を出た時点で置き去ろうと思っていたが、この具合ではいつまで経っても中継点にはたどり着けない。
「僕はこれからも〜っと強くならなきゃなんですから…気を遣って下さるのはありがたいですけど、これじゃあ守られてるみたいですよ!
勇者なんですから、僕は!」
うるさい。進行方向が被っているだけだ。
苛つきはしない、ただ徒労感だけが溜まっていく。
命を果たすだけなら、1人で十分なのに。余計なお荷物のせいで、どんどん予定が狂ってゆく。
これが、最期のつもりなのに。ようやく、一人終われるはずなのに。
そんなことを考えていたから、反応が遅れた。
眼科の少年の10歩ほど前…騒ぐ声に反応したのか、巨大な流体がズル、と姿を現す。
地上を這う水、スライムだ。この個体は大きい、既に人間よりも大きい生き物の捕食が可能だろう。
「おお…!大物ですね!まだ死んでないってことは、これで腕を見てやろうと…そういう事ですね!」
そんなことは無いが。少年はそのまま勢いよく剣を手に走り出して、
「ぼがごごが!!!」
普通に呑み込まれた。
スライムは獲物を包み込んだ後、窒息するまで拘束を続ける。このまま放っておけば、いずれ消化されるだろう。
少年はまだもがいている。
もし、ここで少年を見殺しにすれば、自分は何事もなく快調に一人進み、一人で命を遂行し、そして死ぬだろう。
…それでいいじゃないか。国は、自分たちの両方が欠けたとて気にしはすまい。
「ぼぼぼごぼ!」
まだ生きている。意外と体力がある。
「おぼご…ごご…」
大人しくなってきた。剣を握る手も、そろそろ緩んでくる頃だろうか。
「ぼご……ご……」
──もう動く力のない少年と、初めて目が合う。
それは酸欠と恐怖に侵されながらも。
未だ何一つ諦めず、爛々としていて、
「…………チッ」
ほんの小さな子石1つ、指のしなりに乗せて飛ばす。
指弾はそのまま、少年からは死角となっていたスライムの核に当たり…まもなく、巨大な水塊は震えながら地に溶解した。
「……ゲホッ!おえ、がはっ……」
「…………なんも出来ないじゃん…」
なぜ助けたのか、今の自分には分からない。
「…………そのままどっか行ってくれない?……」
文句をつけた理由も、分からない。
その言葉を意にも介さず。
「……へへ、ようやくお話してくれましたね!」
スライムを吐き出しながら、少年が笑った。
やはり、見捨てておいた方が良かったかもしれない。
竜の去った海岸に、1人取り残される。

「………………ひとまず、押し切れはしたかな……ゲホッ」
──今一番の最悪は、完全に敵とみなされここまでの関係を切られること。
次に悪いのは、彼の過去を調停者から聞いた昨日を勘づかれること。
前者の場合は鍛錬と聴取の機会がなくなり、後者の場合は『何も知らない他人』の前提が崩れる他、あの二人の仲にも差支えがある。
大きな危機の回避のためなら、いずれ発覚する秘密を差し出す方がマシだ──少なくともまだ、竜からすれば自分たちは単なる仕事上の協力者にしか見えない、はず。
なので早々に開き直ることにしたが、この事実は相手の敵愾心を煽る恐れが十分にあった。
だからこうして 念押し に来た。来たが。

(……いやキッツイなこの振る舞い〜〜……!)
こんなに疲れると思っていなかった。性に合わないのだ。
悪意と敵意に満ちた、破滅的で痛々しい存在。それの警戒を少しでも解くには、結局これしかない。身も世もなく、自分を曲げず、何度もしつこくぶつかっていくしかない。
いくら無碍にしようと引っ付いてくる弱者は、存外振り切りづらい。実体験で学んだことだ。
ざざ。ざ。
押して返す波打ち際、小さな影がいた場所をもう一度見る。
見慣れた、その姿。ここには、見えてはいけないそれ。
──少しづつ、幻術の多用による悪影響が出始めている。通常ならば、ここで一度取りやめて術抜きをすべき、だが──

「……君のようにできるかな、カンノーレ」
声はさざなみに砕けてか細い。
それでも問いに答えるように、どこかから懐かしい声がする。

いや〜、やってみるしかないでしょ!何事も出たとこ勝負、です!
+
「……だからあ!出たとこ勝負が大事なんですよ!」
──出立3日目。東門から城壁外に出、そのまま森林地帯を進行中。魔物の様子に以前との変化はなし。進行及び拠点確保のために必要な分だけ処理、このまま東南東に向かい──
「こう、見えた瞬間にピピピーーッて急所だけ狙って即死させたらダメなんですって!それやったら僕が練習できないじゃないですか!もう!」
──次の中継点までは馬で2日。今日中に半分の道程を進み、余裕をもって補給を行う。そのため、脅威度の低い敵に時間を取られる訳には──
「……というか!さっきからずっと一人で木の上飛び回ってるし!無視してくるし!ちゃんと聞こえてますか?騎士さん!」
──なんだこいつは。──
出発時からずっとこうだった。あくまでお飾り、体裁だけの無力な子供は、異様な勘の良さで移動する自分に着いてくる。城壁を出た時点で置き去ろうと思っていたが、この具合ではいつまで経っても中継点にはたどり着けない。
「僕はこれからも〜っと強くならなきゃなんですから…気を遣って下さるのはありがたいですけど、これじゃあ守られてるみたいですよ!
勇者なんですから、僕は!」
うるさい。進行方向が被っているだけだ。
苛つきはしない、ただ徒労感だけが溜まっていく。
命を果たすだけなら、1人で十分なのに。余計なお荷物のせいで、どんどん予定が狂ってゆく。
これが、最期のつもりなのに。ようやく、一人終われるはずなのに。
そんなことを考えていたから、反応が遅れた。
眼科の少年の10歩ほど前…騒ぐ声に反応したのか、巨大な流体がズル、と姿を現す。
地上を這う水、スライムだ。この個体は大きい、既に人間よりも大きい生き物の捕食が可能だろう。
「おお…!大物ですね!まだ死んでないってことは、これで腕を見てやろうと…そういう事ですね!」
そんなことは無いが。少年はそのまま勢いよく剣を手に走り出して、
「ぼがごごが!!!」
普通に呑み込まれた。
スライムは獲物を包み込んだ後、窒息するまで拘束を続ける。このまま放っておけば、いずれ消化されるだろう。
少年はまだもがいている。
もし、ここで少年を見殺しにすれば、自分は何事もなく快調に一人進み、一人で命を遂行し、そして死ぬだろう。
…それでいいじゃないか。国は、自分たちの両方が欠けたとて気にしはすまい。
「ぼぼぼごぼ!」
まだ生きている。意外と体力がある。
「おぼご…ごご…」
大人しくなってきた。剣を握る手も、そろそろ緩んでくる頃だろうか。
「ぼご……ご……」
──もう動く力のない少年と、初めて目が合う。
それは酸欠と恐怖に侵されながらも。
未だ何一つ諦めず、爛々としていて、
「…………チッ」
ほんの小さな子石1つ、指のしなりに乗せて飛ばす。
指弾はそのまま、少年からは死角となっていたスライムの核に当たり…まもなく、巨大な水塊は震えながら地に溶解した。
「……ゲホッ!おえ、がはっ……」
「…………なんも出来ないじゃん…」
なぜ助けたのか、今の自分には分からない。
「…………そのままどっか行ってくれない?……」
文句をつけた理由も、分からない。
その言葉を意にも介さず。
「……へへ、ようやくお話してくれましたね!」
スライムを吐き出しながら、少年が笑った。
やはり、見捨てておいた方が良かったかもしれない。