RECORD

Eno.81 テンタティブの記録

日記-Ⅱ:月光下での踊り方について

────あぁ、これはオレのせいで起こったことだ。
 オレが短慮で、考えなしで、愚かな失敗作だから起こったことだ。


極度的に動揺して暴れている彼女を見た時、確かにそう思った。
海に落ちた瞬間、オレが捕まえれば良かった。
不可思議な手が伸びてきた時、問答無用でそれをはねのけるべきだった。

……あぁ、否。そもそも連れて行かなければよかったんだ。
そうすれば、動揺させることも。『裏切られた』と思わせることもなかった。
連れてくる前に場所すらも言わなかった。本人の拒否を無視して、自分のエゴを押し通した。
だからこうなった。だから、無駄に傷つけてしまった。最低な神だ。最悪な神だ。分かっている。


「…………や、だ……………………」

「嫌いに…………ならないで…………………………」


彼女の弱弱しい声が、未だに脳裏の底から離れない。
嫌いになんてなるわけがない。むしろオレのセリフだ。
嫌いにならないで欲しい。どう許してほしい、この罪を罰して欲しい。
……なんて都合が良すぎるから。だから、喉を絞める真綿を無視した。


「……………………なんで」
「なんで」

「テンタティブは 弱い私を見捨てないの」

「怖くて、海に寄ることも、できないのに」
「夢見が悪いって、泣きついても…………」

「なんで……………………」


──本音を伝えないといけないと思った。
いつも通り、当たり障りのない言葉でごまかすことだって出来た。
『弱さは見捨てる理由にならない』だとか『人とは弱いものだから』だとか。
そう言う事だって出来た。……だから、しなかった。

その対応は誠実じゃない、その思考はドブ以下だ。
自らのせいで傷つけてしまって、その子からの質問は誤魔化して。
そんな対応は、誠実は。あまりにも独善的だ。あまりにも自己の事しか考えていない。
だから、本音を伝えた。いつもはちっぽけなプライドで必死に覆い隠しているソレを、明かした。


「…………、……ははっ」
「変な人、」


「…………ありがと」
「大好き」


やめてくれ。ただのマッチポンプだ。
自分のせいで起こってしまった事象で、彼女の心を深く傷つけた。
そのツケを払っただけだ。感謝をしないでくれ。
愛を伝えないでくれ。オレがもっと情けなくなる。オレの心の奥底が、強い濁流に乱される。だから、止めて。


「……俺さ」
「今日、お前が俺が嘘ついててもいって言ってくれたこと。
 俺の嘘もひっくるめて、俺を肯定してくれたこと」

「……すげー、嬉しかったし救われた」

「ありがとうな、俺のこと救ってくれて」

救ったつもりなんて無い。ただの──。

──ただの、どうしようもないエゴイズムだ。



ポシェットから鍵を空に取り出して、空に掲げる。
……フィリアの部屋の合鍵。『俺、頼るの下手くそらしいから』なんて随分アイツらしい理由で渡された。

正直、心底驚いた。月光フィリア道化オレの事なんて見てないだろう、と思っていたから。

月というものは、地を這う者たち全員に光を与える物である。
オレが必死に手を伸ばそうと、それを手中に収めることはまず不可能な物である。
そんな事は分かっていた。だから道化で居ようと決めた。

どうせ月光は道化オレを見ないのだろう。そりゃ当たり前だ。月光は誰の物でもない。
ならば、それを逆手に取ろう。月光が道化オレを見なくたって構わない。
その光を浴びて。お前が生きやすいように、願うように踊ってやる。
そう考えて、そう成ろう、と。

だから、だから。心底驚いた。
月光が道化オレの胸の中で寝た事。
月光が道化オレに『なぜ自分を見捨てないのか』と問うた事。
月光が道化オレの薬剤を見て、心配そうに声を震わせた事。
その全てに、心底驚いた。道化オレを見ているなんて思わなかったから。
道化オレを心配するなんて……ましてや道化オレの気持ちを知りたいなんて言うとは、思わなかったから。


手の中に納まった銀の鍵。
数ある知り合いや友人の中から、何故か寄りにもよってオレを選んで渡された、鍵。
生憎アイツは何も思っちゃいないだろうし、コレで時空を渡るなんてことは当然ながらできなやしない。
それでも良い。何も思っていなくても、良い。

オレclown道化だ。月夜が強く楽しく光ってくれてさえいれば良いだけの道化。
こちらを見なくたって良い。存在すら知らなくったって良い。
月光あなたが強く、楽しく生きて。その人生を最高だと笑いながら評せれば、オレ終幕エンドロールに名前が載っていなくたって構わない。

だから、笑ってくれ。


出来るなら。
一度だけで良いからこちらに目を向けて欲しい、なんて。我儘すぎるよな。