RECORD

Eno.68 Daliusの記録

【さようならば】

×××

「逃げなよ」とわたしはひと言伝えた。

どこの誰なのかは判然としないんだけれども、おそらく近隣に住んでいる人だ。夜にはどうしてか、外にでて彷徨くことのある人だ。
かれとはすこしだけのつき合いがあって、夜にはたびたび会って言葉を交わすことがあった。

かれは笑って「故郷だからなあ」みたいなことを言った。それもそうか。

「では逃げないで、伏して従うのだね」
どちらかだと思ったわたしに、かれは苦笑してわずかに言葉を詰まらした。

思想かんがえ文化ありかただって、故郷さ」

怪物ばけものには人間ひとのこの発言の意図するところがわかっていなくて、ふうんそうかといい加減な相槌を打ったのだった。



それからかれは、
いいえ、違う。いずれ、誰もが。

わたしおれを顧みることがなくなった。
存在をなしにされた。
かれとはそれきり、会うこともなかった。


さようならば。
かれはきっと、故郷に殉じて。そしてわたしおれはきっと、故郷をすてたのだ。

かれがなぜ、なぜそのように、
助からなかったか。助かろうとしなかったのか。
怪物ばけものであるわたしおれには。

せめて、一緒にたたかってくれと。
そうひとこと、言ってくれればよかったのに。

×××