RECORD

Eno.312 ムサシボウ ベンケイの記録

中幕

 

天は晴天。地には色褪せる緑。
緑より伸びる川もまた、幾分か土色。
川を跨ぐ様にして橋が架かりて。

そして、その向こうには木から成る門――、関所。
門は何ぞかを守るために立つモノ。
故に、その向こうにはある。疲れ果てた村が。



―― そんな門の前に佇む、人影が一つ。



ヒトとしては随分巨大。成人男性と捉えても大きめだ。
その手には薙刀が握られ、……それだけではない。
両の腰にはそれぞれ二振りずつ刀を携えている。

だが、それらは序の口と云えよう。

特段目を惹くであろうそれ――、それ"ら"は、背から伸びる幾つモノ武器。
厳密には壺を鞘として収められており、壺の主が背負うカタチだ。
当然一つ一つが武器としての機能を備えており、戦闘で行使することもある。

ヒトは容易く死を迎える。
5寸、約15センチの刃ですら人体を貫くのは容易。
……詰まる所、力無き者には人が及ぼす脅威ですら危険だ。


人影――、その者の名を、"ベンケイ"と云う。


ベンケイ
2mを超える大柄な巨体に相応しい力と、
不相応な未熟な精神を持ち合わせる男。
修行と称し、ジパングを転々と巡っており……、

―― 1年前に、優れた敬虔を得ている。


あれから、1年。ベンケイの修練は今も続いている。

フラティウスという名の異世界――、未知の場の日々からも、尚。
血生臭いモノでは無かったが、4000戦という戦歴は、
少なからずベンケイに経験という名の恩恵を齎した。

それでも尚、ベンケイの修練は続いている。

「……今日は、平和でござりまするな」


言いつつ、くぁっと欠伸は漏らさないが。

答えてくれるのは川のせせらぎだけ。望ましくはある。
己の向こうに在るのは村だ。当然人間が生活を送っている。
時折行商が訪れれば、客人が訪れることだって。然りだ、村だし。

だが、村に訪れるのはそういった存在だけではない。
力で全てを踏み倒そうとする輩が現れることはある――……賊というヤツだ。
彼らは生きるために、その力の限りを振るって略奪を行う。或いは欲望のままに。

……迎え撃つことは出来ようとも、打倒出来るとは限らない。
武器一つ、暴力一つ。……"人へ武器を振るったことの有無"は、精度に大きく影響するだろう。

人は恐れるモノだ、未知を。知らぬことを。
だからこそ己は門番として相応しいと、ベンケイは捉えている。
少なくとも4000回武器を持ち、対峙したと考えれば戦闘狂とも云えよう。

壺に収められた武具は、いわば戦利品であった。
賊と交戦し、命の代わりに奪ったモノ。
結果として村の平穏は守られ、ベンケイにとっては修練となる。

ギブアンドテイク。ジパングにやって来るのは後数百年先の言葉だが。

一定期間門番として立ち続ければ、ある種の守護神のよう。
賊は次第に思う。村に手を出せば、この大男が武器を振るって攻め入って来ると。
村の平穏は勿論、各所で繰り返せば賊は周辺地域から離れざるを得ない。

簡単な宿泊施設が提供されることもあり、良い事尽くめであった。
稀にお賃金を頂いてしまうこともある。ありがとうございまする。

まぁ……そんな戦闘狂は今、村を訪れた行商の対応をしているのだが。
これもまた仕事の一環である。対応自体はスムーズだ、慣れたモノである。

「確かに。
 はい、……はい。問題ありませぬ。
 では、予定通りの場へ向かってくだされ」


ごゆっくり、と付け加え、ベンケイは門の横へその身を避けた。
行商もまた、ベンケイへ頭を下げれば荷車を引き、村の中へと。
これが今のベンケイの日常だ。事が起きなければ。

「ほう――、……噂に違わぬ大男よ。
 どれ程かと思っておったが、真に言葉通りとはな」


―― "事が起きなければ"。
動きは速かった、ベンケイの。そも、姿を認めた時点で警戒を強めている。
警戒すべき存在を悠長に迎えては、笑い話にもなるまい。

ならば、何故手を打たなかったのか?

「…………まさか。
 貴殿が、何故この様な場へ?」


一つ、賊では無かったから。

「ここは、……何らかの要所では無いと判断していまする。
 或いは、拙者の知らぬ何かが隠されているとでも?」

「―― だとしても、それ程の軍勢は必要無きに思いまするが」


二つ、それは "軍勢" だった。

橋の向こうより現れ出たのは、軍勢だった。
その装いは、在り様は、一目で賊では無いとベンケイに示している。
彼らには統率がある。命を受けねば襲撃一つ、起こしはしない。

賊と彼らの明白な違いは、そこだろう。
賊は罪を、軍は任を起こす――、正義と呼ばれるモノが在るのは、軍だけだ。

そして、軍には責務が生じるモノ。
だからこそ、軍勢より歩み出る影がある。

「何、帰り道に立ち寄った所である。
 "村を守る強者つわもの" がおるとな。
 ……名をベンケイと聞いているが、」

「其方がその、ベンケイか?」



三つ、

「――ッ、」



―― 一瞬、身構えた。
睨まれたかの様な錯覚。遠目であるというのに。
迸る様でもあった。強者の風格、とも。

男は軍勢を背に、ベンケイへと歩み寄っていた。
並ぶ部下を盾にしつつ、近付くことも出来たというのに。
だというのに、……態々己のみぞで歩み寄ることを選んだ、この男は。

それは、誠意と"自信"から。

「どうやら、そうである様だな?
 ならば話を進めるとしようぞ」


男は悠然と立つ。
軍勢を後方に控えているというのに、全く気に掛けることなく。
それが己の常なのだから、今更何かを思う筈も無く。

「我が名はヨシツネ!
 ベンケイよ!
 その力を我が元に加えるためこの場に参じた!


―― 己は、その男を知っていたから。

高らかだった。……圧倒的と言っても良い。
何故か、と問われたならば説明は難しい。
威厳、だろうか。或いは威光。―― 名状し難き、圧倒的な存在感。

「ヨシ、ツネ……。
 ……まさか、誠に……?」


知らぬ筈が無い、耳にしたその名を。
貴族の中でも特段知られる、貴族の中の貴族と呼べる存在。
ベンケイにとっては遥か雲の上の存在。故に、多くを知る由は無い。

噂では、発する一言がジパングを左右するとか。

「然りよ。先も言うたろう、ベンケイよ。
 私は其方の力を欲しておる。
 幾多の賊を退け、ここいらの平穏を担う其方の力をな」


……?

「………………ン?」


 〇 ここいらの賊を退け。
 ? ここいらの平穏を担う!??!?!


「待、待ってくだ、……お待ちくだされ、ヨシツネ殿!
 拙者にその様な意図はありませぬ!」


たじろいだ。引き締めていた表情がぐんにゃりと歪む。
ある意味では意表を突かれたとも。
間違いではないが間違いだ。故に否定のため、口を開く。

「役不足も甚だしいでござります。
 拙者が、平穏を担っているなどと…………」


そんなつもりはない。―― 結果としてはそうなのだが。
混沌か平穏かと言われれば、平穏であって欲しいと願うし、
光栄ではあるのだが……まだ、己には荷が重い。

言葉のままに受け入れられる程、何かを為したと思えていない。
何を言われようとも、他でもない己自身が。

ヨシツネは、そんなベンケイの様子に目を細めて。

「知らぬのか。
 ……存外、そう語られておるぞ?其方は」


―― どうやらこの大男、世界を知らぬらしい。

「並みいる賊を薙ぎ倒し、命代わりに武器を得る。
 そして、他でも無い其方自身が聳え立ち続けるが故に、
 賊共の足取りが鈍り、やがて頓挫する」

「―― 故に、私がこうして参じたのだ。
 それ程の力、誠であるかをこの目で確かめるためにな」



ならば、教えてやらねばなるまい。
その背と良い、その力と良い、……門の前のみぞでは惜しい。
最も、ヨシツネ自身もまだ力を見定めてはいないが。

……ベンケイにとって、ヨシツネは遥か上の存在だ。
言葉一つ、所作一つ。躊躇と躊躇いが散見して。

「結果的に、結果的に、……でござりまする。
 拙者にとっては、修練であるだけのことで、」

「修練―― 、」


遮る、ベンケイの言葉を。

「では、なぜ修練を積む、ベンケイ。
 なぜ賊から武器のみぞを奪い、生かしている。
 賊であろうよ、突き出せば金を得られるだろうに」

「それ、は」



―― 事足りているから。賊として、突き出さぬとも。

問いに対して、ベンケイが先ず思考したのはそれだった。
命まで奪う必要は無い。……時には脅すこともあるが。
相手はヒトであるし、多くは貧困に耐えかねた者達だ。

見れば分かる、一目で。―― 明らかに裕福ではないから。

……妖怪と呼ばれる化け物による襲撃も見られるが、
その点ではヒトより遥かに人道的だ。
彼らが欲するのは金や命では無く、己があるための『概念』。

詰まる所、己の存在を知らしめることが彼らの目的で、
悪戯の様なことばかりだ。ベンケイが遭遇した、妖怪は。

「…………得ております、村の方々から。
 品々まで頂いてしまうこともある程でござりまする」


結局紡いだのは、そんな一般的な報酬関係であった。
『ベンケイさァん!作り過ぎちゃったのォ!』なんて、
おかずを頂いてしまう際はなんという有難さか。

ヨシツネは、緩やかに頷いて。

「感謝されておるようだな、ベンケイよ。感心感心。
 戦に狂っている訳でも無いか」


―― しまった、はベンケイの思考。自ら理解を上積みしてしまった……。

「では、問いを変えよう」

「ベンケイよ。
 その力、この国のために振るわんか?
 其方のその力を、多くの民のために振るうつもりは無いか?」


「――!」


その問いは、ベンケイにとって好都合だった。
……やがて征こうとしていた道。
それこそ、やがて時が巡れば自ら参じていたとさえも。

―― 『誰もが幸福な世』が、兼ねてよりのベンケイの願いだ。
そのために修練を積み、そのために知恵を咲かせて来た。
そのために、……常より、己との対話を重ねて。

だからこそ、己は答えるのだ。

「……、……是非とも、にござりまする」



絞り出す、


「拙者の願いは、
 『誰もが幸福な世』でございまする、ヨシツネ殿」

「故に、ヨシツネ殿が仰る"国のために力を振るうこと"が、
 拙者の願いに通じるならばッ!」


打ち鳴らす、カァンと。己が槍の柄が橋を打ち鳴らして。

「この力、是非とも貴方様の元で振るいましょうとも」




「―― ハッ、」


首を、顔を、持ち上げた。……不敵に。

「そうでなければな、ベンケイよ。 そうでなければつまらぬ」


嗚呼、良い。―― 良い!

「誓おう、このヨシツネの命を以て。
 其方の力を振るい、多くの者達のをも振るい」

「このヨシツネは、
 『誰もが幸福な世』をも求めると!」



咆哮、であった。叫びとも。
最早ヨシツネに貴族"らしさ"はない。心よりの絶唱。
これ程互いの願望が隣接するとは思うまい。

気に掛けるべき些事は噛み砕いた、この時だけは。
……今は、この心地良さを享受したい。

そして、更にもう一つ。
ヨシツネは己が腰の刀に手を掛けて。

「構えよ、ベンケイ。
 其方の主と成る者の武技、知る必要であろう。
 それに、」

「―― 其方を前にし、
 生殺与奪を定めるは"此れ"が相応しかろう?」



笑った。……笑わぬ訳があるまい。小刻みに肩まで揺れている。
まったく、この方は。貴族であられるというのになんという物言いだ。
紡いだ言の葉は"同意"。この一戦の意味は無い。

どちらにせよ、己は――、ベンケイは、ヨシツネの元へ就く。

「心得ました――、ヨシツネ殿」



けど、だけれど。……それでも。引く訳にはいかない。
主としての器量は十分。権威も、おそらくは武力も。
全てを供えていると言っても良い、ジパングを支える柱の一人で。


「勝負!」

「勝負!」





―― どうやら、ただの男でもある様だ。










それがベンケイとヨシツネの出会い。
そして、縁が結ばれた時のこと。
長きに渡る、ヨシツネの従者として歩み出した一歩であった。