RECORD
Eno.263 ユビアサグラーダの記録
貴様は、どこへも行けぬ梢じゃ。
幹から外れ、大脈からも外れ、痩せ細り、最早どこにも伸びん。
故に剪定を行う。しかし……
片違いで8名。
両揃いで3名のうち。
貴様だけが生きて5の歳を迎えた。
故に────
望みは薄いやもしれぬが。貴様に支柱をくれてやる。
58番。
いずれ枯れ落ちるその日まで、『騎士』としての誇り、努努忘れるでないぞ。
+
幻術と一口に言っても、その実態が何を指すのかは個々人の術者による。
個人に幻を見せるのか。
物質を別のものに見せかけるか。
あるいは、世界を惑わす大魔術なのか。
自分のそれは、意志と機能のある生き物にのみ適応される。

……手紙だけは何とか出し終えたが。
頭が重い。
痛みではなく、純粋な 機能 の低下により、段々と言動の精度が落ちている。
他者の感覚器官に干渉し操るそれは、魔力と体力と、特に脳への負荷がかかる術だ。
普段ならば、これを軽い偵察だったり、相手の目線を誤魔化したり、もう動かない死体から情報を漁るために使う他には、ごく軽いものを常にかけてはいるけれど──
──こんなに広範囲かつ長時間、そればかり使うものではない。
殺風景な廃墟の中、壁にもたれ掛かる窓の外で、朝を告げる鳥の声が聞こえる。
使いにするため餌付けをしていた小鳥たちのそれ。軽やかで騒々しく、どこか気の抜けたそれが、「まるで誰かのようだ」と思った瞬間、
部屋の中。既にそれは立っている。
よく知った頼りない立ち姿。何度も繕ってやった服。窓から差す日に、旅で草臥れた革靴のつま先が照らされている。
幻術士が恐れるべきこと。それは、己の幻覚の制御を失い、乗っ取られること。
限度を超えて術を使うことによる脳の強制機能停止と、軛を失った幻の氾濫。
本来媒介として使用する毛髪を介してたれ流される、とめどない夢。
1度起これば再起は運、その限界の分水嶺が、友の形を取り、目と鼻の先まで来ている。

あの青年の脅威を高く見積もりすぎていた。勝手に警戒したせいで、本来の無防備さに目が行っていなかった。

ナハネアウローラへの対応は悪手だった。本人の心情を察せず、強硬手段に出ようとした結果、怪しまれて信用を失った。




己の幻覚相手にしてはいけないことの見本がこれだ。術者は幻をどう見てもいいが、関わりを持ってはいけない。
今も、また少し彼の影が濃くなる。

せめて、あと少し。まだやれていない事ばかりが残っている。
その後、『戻ってこられる』かは、まだ分からないけど。

──夢でも彼に会えるなら、大事なことは忘れないはずだから。
そうして今日も、自分に魔法をかける。本来ならば、手足として成立しない肉塊で、人の形を取れるように。
支柱
貴様は、どこへも行けぬ梢じゃ。
幹から外れ、大脈からも外れ、痩せ細り、最早どこにも伸びん。
故に剪定を行う。しかし……
片違いで8名。
両揃いで3名のうち。
貴様だけが生きて5の歳を迎えた。
故に────
望みは薄いやもしれぬが。貴様に支柱をくれてやる。
58番。
いずれ枯れ落ちるその日まで、『騎士』としての誇り、努努忘れるでないぞ。
+
幻術と一口に言っても、その実態が何を指すのかは個々人の術者による。
個人に幻を見せるのか。
物質を別のものに見せかけるか。
あるいは、世界を惑わす大魔術なのか。
自分のそれは、意志と機能のある生き物にのみ適応される。

「…………、………………」
……手紙だけは何とか出し終えたが。
頭が重い。
痛みではなく、純粋な 機能 の低下により、段々と言動の精度が落ちている。
他者の感覚器官に干渉し操るそれは、魔力と体力と、特に脳への負荷がかかる術だ。
普段ならば、これを軽い偵察だったり、相手の目線を誤魔化したり、もう動かない死体から情報を漁るために使う他には、ごく軽いものを常にかけてはいるけれど──
──こんなに広範囲かつ長時間、そればかり使うものではない。
殺風景な廃墟の中、壁にもたれ掛かる窓の外で、朝を告げる鳥の声が聞こえる。
使いにするため餌付けをしていた小鳥たちのそれ。軽やかで騒々しく、どこか気の抜けたそれが、「まるで誰かのようだ」と思った瞬間、
部屋の中。既にそれは立っている。
よく知った頼りない立ち姿。何度も繕ってやった服。窓から差す日に、旅で草臥れた革靴のつま先が照らされている。
幻術士が恐れるべきこと。それは、己の幻覚の制御を失い、乗っ取られること。
限度を超えて術を使うことによる脳の強制機能停止と、軛を失った幻の氾濫。
本来媒介として使用する毛髪を介してたれ流される、とめどない夢。
1度起これば再起は運、その限界の分水嶺が、友の形を取り、目と鼻の先まで来ている。

『今日は災難でしたね、思ってたより彼の被害が大きくって…』
あの青年の脅威を高く見積もりすぎていた。勝手に警戒したせいで、本来の無防備さに目が行っていなかった。

『竜の神様の方は、思ってたより責任感じてるみたいですね…全部わかった上かと思ったけど、それだけじゃなかったのかな』
ナハネアウローラへの対応は悪手だった。本人の心情を察せず、強硬手段に出ようとした結果、怪しまれて信用を失った。

「……」

『大ショック!って感じですね…大丈夫ですか?おーい?』

「……大丈夫だよ、これくらい…」

『あっ、やっと返事くれた!良かったあ!』
己の幻覚相手にしてはいけないことの見本がこれだ。術者は幻をどう見てもいいが、関わりを持ってはいけない。
今も、また少し彼の影が濃くなる。

「……まだ、今は……くたばってらんないから…」
せめて、あと少し。まだやれていない事ばかりが残っている。
その後、『戻ってこられる』かは、まだ分からないけど。

『よーし!その意気ですよ!さっすがうちの切込み番長!』
──夢でも彼に会えるなら、大事なことは忘れないはずだから。
そうして今日も、自分に魔法をかける。本来ならば、手足として成立しない肉塊で、人の形を取れるように。