RECORD

Eno.105 《5i.残酷》の記録

紫陽花

少しの興味で声をかけた男の子がいたの。
とても臆病で、醜い火傷跡のある、赤茶色の傷んだ髪の男の子。

からかったら面白そうだと思って声をかけたの。
お肉を抜いたハンバーガーを食べていて、おかしいって笑ってあげようとして。
ふと気が変わって、少しだけやり方を変えて。

男の子を見かけたら積極的に声をかける事にしたの。
『焼いた肉が苦手』だって言うから、それには触れないようにして。
そこにあるトラウマのようなものを、私の前では忘れさせるように。

彼のために香水を変えたの。
その香りを覚えてくれたら、香りの度に私を思い出すかもしれないと思って。
お話をして、彼のマフラーにその匂いをつけてあげた。
優しい呪いの言葉を込めて、刻み込むように。

少しずつ彼は前を向いてくれるようになって来たと思ったの。
何度も顔を合わせて、その度にたくさん話して。楽しいことを共有させたり、共通のお知り合いが出来たり。

この後に彼にとって一番苦しい事を起こしたら、きっととっても、素敵な表情になると思ったから。

今日もおんなじ、彼の心を前に向かせるために、彼のことを聞いて、私のことをはなして。
お花屋さんなんてデートとしては地味かも、なんて思ったけれど、彼が沢山楽しそうに話してくれる姿を見て、私のことを『お花』と言った彼の、どんな花が好きかを話してくれて。

紫陽花を愛おしそうに眺める姿を見て、少しだけどきっとしたの。

最初の目的なんてその時は頭からすっかり忘れて、舞い上がって気がするわ。
朗らかに、緊張がほぐれてる、って感じて。
彼の手を握った。


それだけで
前みたいに、緊張で吐き出してしまいそうな彼の顔を見て。
まだタイミングが早かった、と思うと同じくらいに…

嫌な気持ちが胸に沸いたの。

あの紫陽花の花よりも、私の方がずっと彼の為に頑張って来たのに。
どこにでも生えて来るジメジメとした雨に濡れる、大した価値もない花なのに。

何で私じゃなくて、そこに咲いているだけの、その紫陽花にはそんなに笑みを浮かべるの?



こんな事が何よりも許せなくて。
宿舎に届いた。あの花屋で買った紫陽花のプランターごと
床に叩きつけて、粉々にした。


『移り気』なんて。
そんな花言葉した、下品な花に。
私より彼の笑顔を引き出させられたのが、とても…

とても、腹立たしくて。