RECORD

Eno.31 エヴドキームの記録

みつち

「そういや、先輩の故郷って蛟信仰だったんですっけ」
「あぁ?あぁ、そうそう。だからこうやって記事に書けてる」
「蛟って実在するんですか?信仰ってその辺かなりややこしいじゃないですか」
「そりゃ、実在するよ。まぁ確かに空想のものに対する信仰も結構あるからなぁ……」
「蛟ってどんな神様なんですか?」
「あぁ、勘違いすんなよそこんとこ。蛟自体が神様ってわけじゃない。
 ありゃ種族の一種…っていうか、なんていうか……
 まぁ、蛟だからって全部が神様ってわけじゃねぇんだ」
「へぇぇ……」
「それを踏まえて、ちょっと話すか」

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俺の故郷は近くにでっかい沼がある山の中の村でな。
まぁ昔っからそこに例の蛟様が住んでんだよ。
でっかい沼周辺をぐるっと囲っちまえるくらいでっかい水龍で、青緑色の鱗と金色の角が綺麗な個体だった。
時たま、人間に近い姿もとった。多分俺ら人間に対して配慮したんだろうよ。
祭りとか、そういうときに龍のままだと、俺ら潰れちまうからさ。
とんでもなく綺麗なお人だと思ったよ。あぁ、俺も一回だけ遠目から見たことがある。
いや綺麗な人型だった。目だけは住んでる沼の底みてぇに濁ってたけども。

元々水難防止やら雨乞いやら、そういうのをお願いすることが多かったらしいんだけどな。
大々的に蛟信仰ってなったのが、俺の爺さんくらいの時の話。
そう、結構最近の話な。

ある年に、大干ばつがあったらしい。
長い間雨が降らなくて、川も干上がっちまって、森は枯れちまうし散々だったらしい。
蛟様の沼?確かにあそこはいつでも潤ってるらしいけど、あの沼は毒沼なんだよな、確か。
沼は使えないけど蛟様はいる。流石にどうしようもなくて村の皆で蛟様にお願いしに行って。
蛟様、勿論助けたいって言ってくれたらしい。しかし、どうにも条件がある。
なんでも、何か供物をくれと。雨を降らせるのは吝かではないが、相当に消耗するから、心を込めた供物が欲しいと言ったそうだ。
そんでも、大干ばつの最中だろ。何にもくれてやれるものなんて村になくてさ。まぁほとほと困り果てたらしい。
しまいには、雨が降って生活を立て直したら必ずや、と拝み倒して、何とか雨を降らせてもらった。

久方ぶりの雨だろ。みんな喜んでさ。
畑を再開できる、川も戻る、川が戻ったら魚も取れる、生きられる。
みーんなはしゃいで、暫く各々の生活を取り戻して回すことに精いっぱいだったらしい。

暫く経ったある日、女の子が一人、行方不明になってな。
村周辺探しても見当たらなくて、それで探す範囲を広げて、ようやっとみんなあの沼のことを思い出した。蛟様のこともな。
慌てて沼に行ったら、

人型をとった蛟様が、女の子の手を引いて沼に潜っていくところだった、ってよ。

女の子が沼に沈んでから、両親も、村の人も、何度も何度も蛟様に話をしに行って、でも出てきてさえくれなくなって。
幾ら作物や動物や魚なんかを供えてもちっとも姿を見せなくなって。
蛟様を怒らせてしまった、今に村に災いが来るぞ、なんて怯えて過ごした数か月の後。

女の子が、腹を膨らませて戻ってきた。

曰く、自分が嫁になることで全て許すとしたんだと。
曰く、女の子は自分の身も心も捧げたんだと。
曰く、蛟様は大層喜んでずっと一緒にいてくれたんだと。

子供を産むのだけ、蛟様一人じゃ人間の出産はどうにもわからないからと、里帰りを促されたのだと。

生まれた子供は下半身が龍で、女の子と共に沼に帰っていった。
村の人たちは、蛟様の寛大さと愛情深さを讃えて、親交信仰を深めた、って話。

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「それ、どこまで本当なんです?」
「全部本当だよ。半身が龍の子供も、蛟様の嫁になった女の子も実在する」
「うわぁ」
「出たよ混ざり者ハーフ嫌い。
 まぁでも、その子のおかげで俺の故郷は、異種と人間の共存できる村、なんて
 いまでも平和でのんびりした田舎でいられてるんだ」
「まだその子、沼にいるんです?」
「いや?なんだったっけな……その子も人間と恋してどっか引っ越したらしいが。
 蛟様は今でも毒沼にいるそうだ」
「へぇー……恋多きひとたち……蛟様ってやつ、人間好きなんですかね」
「そうだろうよ、祭にもよく顔出してたらしいし。
 好きじゃなきゃ人間なんて嫁に取らねぇって」
「そりゃそうかぁ……、で、先輩」
「おう」

「結局、神様とそれ以外の区別って何なんです?」
「そりゃお前、」


「勝手な民の信仰があるかどうかだろ」

信仰というのはどうも、斯くもお手軽な『力』らしい。