RECORD

Eno.65 カラスの記録

「α-1」

その日、少年とその母、正確に言えば妊娠中であった彼女の中に居た胎児が収奪対象になったのは完全なる偶然だった。
其処に悪意は介在しない。或いは偶然というものを肯定する世界を肯定する我々そのものが悪辣であるというのであれば、否定はできないのかもしれないが。


「子供の方がいいんだ。純正の発生例も大抵六歳から十五歳に収束している。」


「そして、やはり女の子の方が出来がいいことが多い。絶対じゃあないんだけれども。」



「彼の製作物が皆女性体なのも彼の趣味ってだけじゃないんだろ?」


「いや、うーん、どうだかな。ただの趣味かもしれないけれど…。」



「どちらにせよ、凪の海に触れた者・・・・・・・・が大抵口を揃えてその存在を女性として呼称しがちなのは偶然ではないってこと。」




「■■? ああ。」


「上手くいかなかった。私がね、創りたいのは彼の模造品じゃあないし、そもそもそれとしても型落ちがいいところだった。」


あれじゃあ、何処にもいけない。



「次の出来が良かったんだ、だからあまり気にしてはいないかな。」



名とは、参照必要性のある存在に対する参照性の付与である。
多くの世界にて世界そのものに固有の名は存在しない。

必要がないからだ。

単一の世界に坐する存在にとって世界への参照に名を介在する必要はない。
逆説的にラベリングは他世界の想定を前提とする。

「基底世界α」ととある団体に呼称される世界がある。
其処から複製された世界「α-1」がカラスが産まれ育った場所だった。

三人の魔女によって行使された三者提言three ways protocolに依って機能不全に陥った歴史を持つ世界である。
counter protocolに依って完全な機能停止に追い込まれる状況は回避できたが、影響は多岐に及んだ。既存人類の遺伝子改変もその一つである。分かりやすいところで、「基底世界α」からすれば異質な形状や色彩の人間が散見される。

蛍光色の虹彩を持つ人種は、少なくとも「基底世界α」には存在しない。



如何せん定常性が激しく低下した「α-1」において鳩舎やエノーラ・アンユの影響力は非常に高く、こと後者がカラスの幼少期を決定づけた。
意図的に人間性の剥奪と道具性の付与を行う彼らの処置は、少なからず人道に反していた。

カラスは別に、そこに関しては恨んではいないのだが。

「………棄てたこと以外は別に。」



性質上、カラスは自分が用在的に扱われているかを非常にセンシティブに捉えがちだった。