RECORD

Eno.81 テンタティブの記録

日記-Ⅲ:無題

「……案内されてきたんだけどぉ」

「ここではたっくさん戦って、たっくさん勝てばいいってこと?」


────最初会った時。オレぁ彼女の事を、随分動じねぇ子供だ、と心の中で評した。
この世界フラウィウスでの戦いは死を伴う。それを知らないわけじゃないだろう。
死に慣れているのか、はたまた戦場に身を置く子なのか。あるいはシンプルに度胸があるのか。
度胸があるだけなら良い。……もし戦場だか死が身近な世界だかに生きているのだとしたら、なんて考えるだけで不愉快だった。

「まってまってまってまって!?
 異世界つってるのに『まあそういうこともあるわな~わはは~』で流せるワケ!?
 どういう常識してるの!?」

「何で驚かないの!?!?
 なに!? 最近の流行りなの!? 異世界トラベルが!?
 一切聞いたことないんだけどぉ!?!?」


前言撤回。かなり動じるタイプだった。
反応から鑑みるに、どうやら彼女は自身の『常識』ってやつを強く過信している様子。
そりゃそうだ、それが当たり前だ。異世界にポンと放り込まれて「はいそうですか」で行動できてるヤツらの方がおかしい。
きっと彼女はココが異世界だと知らないままに招待されたのだろう、と推測して。
だから、少しぐらいは手助けをしてやろうと思った。この異世界に慣れるための手助けを。

『野生』なんて名付けられた異能力に、巨大化した野生動物。
おまけに無神論的価値観……というか、シンプルに神なんて概念がなさそうな反応。
彼女の常識はかなり変わっている。そう気づくのに時間はかからなかった。
本当に『常識の過信』という性質を持っているのなら、彼女はここでは相当に生きずらいだろう。
話を聞きながら、微かにそう思った記憶がある。とはいえオレにはどうしようもねぇな、なんて思った記憶も。


あと身長欲しいって喚いてたら担いでくれた。

「お任せあれ~! 面白い話を聞かせてくれたお礼にタダでい~よ!」
「ただぁ、これは野性の力っていうよりか……」

「俺の努力の賜物だけどなぁ!!」


……あそこから見た景色は、今でも鮮明に思い出せる。
約300cmの世界。お世辞にも綺麗と言えないその視界内。
そんな物が、あの時のオレにとっては随分珍しく、そして綺麗に見えてならなかった。
機会があったらもう一度持ち上げてもらおう。


閑話休題。

「若いつってももう14だけどな~ 若いっつ~には若干微妙な気がすんな?
 酒はもらうけどな!!

「は? 100とか長寿すぎんだろ。カメの野性でも持ってなきゃムリムリ。
 野生にも左右されっから何とも言えねぇけど、40~60歳くらいって言われてんぜ」

「ん? 短けぇのか? ま~17万だっけ? そんなに生きてりゃ短いだろーなぁ」
「それに、寿命で死ねるなんざ贅沢な方だろーよぉ」


次に会ったのは観戦席。
エクセキューター無限連戦の最中、酒をたらふく飲んでいて。
随分と良い飲みっぷりだったモンで素直にその飲みっぷりを褒めた。

そうして返された言葉に、オレはどんな顔で返したのだろうか。何と返したのだろうか。
一月程度も前の事だ。正直言ってあまり覚えていない。……けれど、その時の痛みはよく覚えている。
短命たるを何と思おうか。哀れと思おうか、それともそういう物だと諦観の姿勢をとるか。それとも、抗おうか。
…………それを決めるのは当人で、オレではない。そもそもその時のオレはまだ知り合い程度の男だった。
それに対して何かを言えるような関係性ではなかったし、言おうと思えるような関係性でもない。
ただ、口の端を噛んで。自身の無力さを呪った。──そう言えば。この時の自分はまだ、彼女に向かって『可愛い』と言えていたな、なんて。


閑話休題。

次に会ったのは整備場の端っこ。
前日のアホみたいな連戦のせいで刃こぼれした其れの手入れをしていたところに『聞きてぇ事があって探し回ってた』なんて言ってアイツが訪れた。


「うし、じゃあ……聞くんだけどよ……」

「ペットってどういう意味?」


投げられた質問。正直、肩透かしを食らったような気持ちになった。というか肩透かしを食らった。
そういうモンもいなかったんだな、と思って適当に定義と所感を教えてやって。そしたら。
『対象は動物モンスターなんだな? 人間じゃねぇんだな?』なんて意味が分からない質問を重ねてきて。

……この質問が投げられた時点で、オレはもう嫌な予感がしていた。
アイツが言う動物ってのがモンスターしかいないってことの方にじゃない。人間じゃないのか、なんて当たり前な質問をしてきた方に。
言いようのない、不安を覚えた。もしや、と思ったがそこまで深入りする仲でも無いだろうと無視しようとした。

そう、しようとした。アイツがへたり込んで顔を上げない、なんて行動をするまでは。間違いなく無視しようとしたんだ。
目の前でうずくまる様子に。それでも無理をして平静であると騙ろうとするその姿に。
死した子供たちの姿が重なって。見過ごせなかった。手を差し伸べなければ、なんて思った。


「……怖かったんだよ」
「世界の差を疑っても。きっと指してるものは違ぇって考えても」
「珍しく、なかったんだよ。俺の住んでた街だと、ペットにされる人間はよ。
 力のねぇ人間に価値はねぇ。けれど、女なら次の世代に野性を託すための利用価値がある……。
 幸い、俺は運が良かったからそういうのに捕まることはなかったけどさ」


クソだ。そう思った。
弱者を賭けの材料にしてより強い『野生』を持つ者を生み出そう、なんて思想が。
人を愛玩動物ペットにすることが珍しくもないその街が。
────なにより、力のねぇ人間に価値はねぇ、と子供に言わせてしまうその世界が。
クソで、カス。最低最悪な超効率主義的な街。反吐が出る。脳裏によぎった『コイツもそうなりそうだった』なんて予想には、しっかり蓋をして。


「っうぅ…………ぁああっ…………」

「っぁぁああああ……!!」
「怖かった……こわがっ……!!
 ひぐっ、うぅっ……あぁっ……ああああぁぁぁっ……!!」


悲痛な泣き声が胸を刺した。
怖かろう、辛かろう。当たり前だ。
彼女自身は大人だと何度も言っているが、その精神は未だ子供のそれを内包しているだろう。
その想起がどれだけの恐怖を思い出させるか。想像してもしきれない。
それを背負って生きていた彼女の人生の過酷さが、そうしなければ生きなければいけないその世界が。
瞬間、恨めしくてたまらなくなったことを強く、覚えている。



それから、何度か同じような事が起こった。
例えばマシンオイル。どこからか現れた者がマシンオイルを全員に奢って、そのまま何処かへ行って。
それをアイツが飲んでしまって、案の定体調を崩していた。
人に有害な事は分かっていたが、まさかあれほどとは思っていなかった。


「グル、ゥウウウウ、ウウウウウッ……!」


……この事象を思い出すと、アイツの唸り声が耳の底で響きだす。
獣が鳴らす警戒の意思。近づくな。近づいたら殺す。そういう意思が込められた、低い唸り声。
あの時は『今目の前で威嚇するコイツは人間だと言えるのか』なんてふざけたことを頭の何処かで考えていたな、なんて思い出す。

そうして、近づいて。腕に小さな切り傷が入って。
いつも通りのおどけた調子で近付けばどうにかなるだろう、
何かしら荒業を使わなければいけなくなっても腕の傷で正当防衛を主張しようか、などと考えていた。
──バランスを崩して、苦し気にむせ返る様子を見なければ。間違いなくそうしていただろう。
不安で、急いで近寄って。それなのにアイツは稚拙な演技でごまかそうとして。
何故か無性に腹が立った。今なら、その原因が分かる。きっとオレは嫌だったんだ。
手遅れで不器用な演技でごまかせる、と侮られたことが。自身を見ていないであろうことが。たまらなく、不快だったんだろう。こちらを見ないのなんて、そんなの当たり前なのに。


浅慮なオレが声を荒げたら、彼女は一瞬怯えた表情を見せた。
そんなつもりじゃなかった。そう思ったが、何も言えなかった。その顔をさせたのは、間違いなく自分だったから。


コイツがかわい子ぶる意味は人に好かれる為。
それは即ち、素を隠して好かれようとしている事を指す。


…………。あの時に思った仮説は、今思えばどうやら合っていたらしい。
アイツが発する『あたし』も『俺』も本質は虚偽で、その奥底に眠る『私』が本体だった。
平手は打てなかったが、偶像の中身を引きずりだすことは出来たので良しとする。
……そういえば。何故オレは、偶像の中身を引きずり出そうとしたのだろう。


閑話休題。

「……夢見が悪いの」
「追われる夢を見る。全然休まらなくって、こんな調子だから戦いにも行けなくって」


夢見が悪い、とアイツが言ったのは多分それが初めてだった。
拙い隠し方に、杜撰な演技。極め付きには『自身は弱い』などと失言。アイツらしくないからとカマをかけたらあっさり零した。
不敵に、自身の心がバレないように、なんて。随分馬鹿な暴き方をしたものだ。
そんな事をしなくても彼女はきっと零してくれた。ほとほと、自身に嫌気がさす。


アイツは自分から人に頼る事が出来ない、と気づいたのもその時だった。
「もう少し助けを求めろ」と言ったら、口を何度か開けて。それだけで終わった。
知らないのだろう、出来ないのだろう。人に助けを求めるという行為に、慣れていないのだろう。
あからさまに、雄弁に。その様は其れを語った。
……結局、彼女はオレの服の裾を掴んで、泣きながらすり寄って来た。
アレがアイツなりの、精一杯の『助けて』だったのだろう。それに気づいて。だから、応えた。

まだまだいちびりの子供だ。その時、微かにそう思ったのを覚えている。


──── 海に関して。今思えば、あの時から自身の感情の行方は分からなくなった。

「…………ありがと」
「大好き」


小さく零されたその言葉。言わないで欲しかった。
自分がやったことで彼女は苦しんで。それで、自分が言ったことで救われて。
ただの壮大なマッチポンプだ。感謝される筋合いなど無い。愛ともなれば、なお一層。
──だから。胸の奥が跳ねたのも、気のせいでなくてはいけないだろう。


その後、何故か同じベッドで寝ることになって。
暗がりの中。彼女が近くで小さな深呼吸を何度もしていて、オレは酷く安心したんだ。
そして同時に自己嫌悪もして。──同時に、その姿が愛おしく感じた。



何故、数日間も寝ずに苦しんでいたであろう彼女に手を差し伸べることを躊躇した?

────嫌われたくなかった。手を差し伸べて、断られて。そうして遠ざけられる可能性に、足が竦んだ。
今まではそんなことなかったのに。


何故、彼女の演目が他の人に見られる事を嫌がった?

────分からない。けれど。自分以外の者に愛を向ける彼女の姿を見る事が、たまらなく嫌だった。
たとえそれが、虚偽の愛だろうと。


何故、酒場で彼女の手を取った?

────彼女が苦しんで、それを見過ごして。そういう事が、怖かったから。
彼女が恐怖に呻いている間に何もできないことが、それに気づかずにいることが。身が震える程怖かったからだ。


何故、彼女がデートという言葉を不特定多数の者に使うのを嫌がった?

────不明。嘘を吐くなよ。

この感情の答えはなんだ?

────不明。気づいてるんだろ?

彼女がこの関係性を『友人』と呼称するたびに走る、この胸の痛みはなんだ?

────不明。目を背けるな。

自身に向けられた桃色兎の舞。あれを見た途端に耳が熱くなったのはなぜだ?

────不明。彼女の迷惑になるから、なんて言い訳をするな。エゴを貫け。


この感情の答えはもう持ち合わせてるだろ。