RECORD

Eno.3 『夜凪の鴉』の記録

鴉が鴉と名乗る前の話②

――あれから、数か月。

あの男を通して間接的に手筈通りに紹介をされ、
裏では貴族の専属暗殺者として立ち振る舞う事になり。
表では顔の出で立ちの良さ、知識豊富さを買い取られ。

専属執事として振舞う事となった。

こうして今は、冬が近づく時期に、
他の執事やメイド、料理人等の買い出しを率先して立候補し。
冬支度の買い物や、毒が無い己の料理を調達するために出かけていたのであった。

「……寒いな、蛇化したら冬眠してしまいそうだ」



勿論、人間形態である状態なら、冬眠することはないのだか。
どうしても冬というのは蛇にとっては行動に制限がかかるようで、
少々寒さに耐えがたくなる時もある。

――普通は、この季節の世界は避けるか。

じっとして文字通り冬眠するように活動を鈍くするが。

「……早いとこ、買い物を早く済ませないと……」



貴族の住む区画から抜け、
冬が近づいているからか、静かな市民街へと向かう刹那。

――とある妖精の歌声が聞こえ始める。

「 ――さぁさぁ冬がやってくる
       白銀の世界を連れてやってくる 
         身支度をととのえよう 
             ユールがやってくる 」


「――やぁ、そこの人。
 ユールの支度は出来てるかい??」



「……ユールは分かるけどユールの支度って何かな」



――突然声をかけられ、驚いたけれど。

ユールについて伝承を聞いたり、読んだりしたことはある。

――そのユールとは。
いわゆる冬至、冬の時期に訪れる昼と夜の時間が一緒になる日で。
それに向けて冬の旅支度を勧める為に声をかける妖精の、冬の使者がいるのだと。

こうして実物を見るのは初めてだが。

「……もしかして前任者の話、聞いたことない、君?」


「……俺は初めてだね。ユールを経験するのは」


「ぇえ……、ユールを経験してない?
 去年ここじゃない何処かにいたとか……、って」


「……あんた、この世界の人じゃねぇな??
 すげぇ変な匂いがする」


「……変な匂い??身だしなみには気を付けてるんだけど」


「……なんていうか、人間であるはずなのに。
 蛇の様な匂いと。純粋な世界人には感じない小麦のような匂い、かな。
 妖精に好かれたことないだろ、お前」



――なんなんだ、この世界の住人は。

いくら何でもあの男と言い、こいつと言い。
勘が鋭い者が多くて、思わずうなってしまう。

「……よくわかったね。僕が蛇……、いや。
 正確にはゴルゴーンの魔族だって」



そう言うと今度は相手がその姿を見て思わず悲鳴を上げるとは、想定外だったが。

「ヒッ蛇じゃねぇかマジで!!!!」


「確証なかったのかい君ぃ!?」





――そうして、お互い思わず打ち解けたところで。

ユールにはヤドリギを玄関に飾る必要がある事。
また、今年から彼は冬の使者として生まれ、この世界を渡るようになったこと。
知識は未だに知らないことが多い事。
彼の名前はヴィンテルである事等、色んな事を買い物がてら話をした。



「……にしても、すごく寒そうだな。
 ここ、寒いだろ?……めちゃくちゃ震えてんな?


「……正直クソ寒いよ。蛇になってたら冬眠しそうなくらい」


そういうのは早く言え!!
 ここ、南東にあるディフィール地域と違ってフィゼコールド地域は
 寒さが厳しいんだからな!?!?



――そう言われるな否や、慌てて歌のような言葉を紡ぎ始める。

「 ーー冬よ、冬の女神よ。
   我らの祝福をかの者にお与えください。
         かの者に、冬の恵みの祝福をーー 」


「……ふう、これで大丈夫だと思うぜ。
 俺としては隣人が凍えて死にそうになるのは嫌だからな」


「うわっ、めちゃくちゃさっきまであった眠気が
 嘘のように軽いんだけど」


「マジで俺いなかったら危なかったんじゃねえか????」


「マジでそうかもしれない」





――そうして、彼に冬の祝福を貰い、冬も人並みに活動できるようになり。

その日はお互い仕事があるからと、会話を切り上げて。
この数年間、冬の度に話す隣人が増えたのは、いい思い出だ。