RECORD
Eno.263 ユビアサグラーダの記録
さざめくゆめ
*
「ねえ、今度の公休日、暇?」
毛布の合間をくぐってシルミ姉がやって来ました。端から真ん中近くまで、夜更けにどうしたというのでしょうか。
公休日は歩行訓練の自習があります。いい加減そろそろ走れるようにならなければ。そう言うと、
「なあんだ……折角りんごが入りそうだったのになあ…武器磨きに付き合ってくれたら、素敵なおやつが待ってたのにね」
これには流石に悩みます。騎士見習いにとって姉の手料理は貴重な甘味で、これを逃すと暫くは食べられないかもしれません。
「あは、ごめんごめん。大丈夫、君の分はとっとくから…立てるようになってからずっと練習ばっかり。ね、そんなに早く騎士になりたいの」
もちろんその通りです。夢にまで見た叙勲式、僕たちの同期でそれを迎えたのはシルミ姉1人だけです。
団で最も体の小さい、だけれど誰より抜け目なく手強い彼女のことを、僕はこっそり憧れの目で見ていました。
彼女は気持ちを知ってか知らずか、しょうがないな、という顔で笑ってから。
「……でも、私たちの叙勲は王宮じゃなくて第二聖堂でやるんだよ?狭いしボロいし、ほかの騎士団の人とか全然来ないよ?…君はいいの、それで」
騎士の誇りは見てくれだけでは無い、と言い返しはしましたが、実の所そう言いたい訳では無いことは薄ら理解していました。
彼女の鎖骨の下。近衛騎士の証である聖痕が闇の中で鬱血のように赤黒く覗いています。
証を細い手で撫ぜる度に、彼女の顔が陰ることも、こっそり見ておりました。
それでも。
それでも僕たちは、それを夢に見て生きてきたのではないですか。
夢の先の先の景色は、そんなにもつまらないものだったのでしょうか。
毛布の下の彼女は、相変らずの笑顔のままで。
「……君を見てると、蜉蝣に明日を説かれてるみたいな気分になるよ」
「ゆっくりおとなにおなり、望みも夢も、覚めるならゆっくりがいい。君がいきなり苦しまないよう、先に行って全部見てきてあげるよ」
りり、りり、と、彼女の薄羽が泣くように闇夜を震わせていました。
*
「…………あー……そこにいるんだね、リン」
「驚いたなあ……6割位は削られると覚悟してたけど、まさか主導権を奪ってくるなんて……笛でも用意したかな?再現したの?…音、よく覚えてたね」
「……結局、おとなになる前に子供じゃなくなっちゃったね」
「私…君が前倒しで叙勲されたって聞いた時、本当は全部壊しちゃおうか悩んだんだよ……無理だったけど」
「……もう、理由はわかるでしょ?……わかって欲しくなかったなあ」
「だから…………せめて、あっちを、みんながいる地獄を、先に見てきてあげる……君のお姉ちゃんだもん、私」
「──怖くないから、ゆっくりおいで。ね?」
────────────────────────
54番、輪唱のシルミューレ。
第五王子の公務護衛中、強化蝗群による襲撃が発生、自陣兵に王子を任せ応戦。
当該騎士との戦闘に備え、事前に用意した蟲笛を使用。4割を掌握後2割まで兵数を削られるも、相手方の群の認識に干渉し本体を襲わせることに成功。
交戦時間約5時間で死亡を確認、王子は退避済。
味方兵士38名が食害、虫毒により死傷。
「ねえ、今度の公休日、暇?」
毛布の合間をくぐってシルミ姉がやって来ました。端から真ん中近くまで、夜更けにどうしたというのでしょうか。
公休日は歩行訓練の自習があります。いい加減そろそろ走れるようにならなければ。そう言うと、
「なあんだ……折角りんごが入りそうだったのになあ…武器磨きに付き合ってくれたら、素敵なおやつが待ってたのにね」
これには流石に悩みます。騎士見習いにとって姉の手料理は貴重な甘味で、これを逃すと暫くは食べられないかもしれません。
「あは、ごめんごめん。大丈夫、君の分はとっとくから…立てるようになってからずっと練習ばっかり。ね、そんなに早く騎士になりたいの」
もちろんその通りです。夢にまで見た叙勲式、僕たちの同期でそれを迎えたのはシルミ姉1人だけです。
団で最も体の小さい、だけれど誰より抜け目なく手強い彼女のことを、僕はこっそり憧れの目で見ていました。
彼女は気持ちを知ってか知らずか、しょうがないな、という顔で笑ってから。
「……でも、私たちの叙勲は王宮じゃなくて第二聖堂でやるんだよ?狭いしボロいし、ほかの騎士団の人とか全然来ないよ?…君はいいの、それで」
騎士の誇りは見てくれだけでは無い、と言い返しはしましたが、実の所そう言いたい訳では無いことは薄ら理解していました。
彼女の鎖骨の下。近衛騎士の証である聖痕が闇の中で鬱血のように赤黒く覗いています。
証を細い手で撫ぜる度に、彼女の顔が陰ることも、こっそり見ておりました。
それでも。
それでも僕たちは、それを夢に見て生きてきたのではないですか。
夢の先の先の景色は、そんなにもつまらないものだったのでしょうか。
毛布の下の彼女は、相変らずの笑顔のままで。
「……君を見てると、蜉蝣に明日を説かれてるみたいな気分になるよ」
「ゆっくりおとなにおなり、望みも夢も、覚めるならゆっくりがいい。君がいきなり苦しまないよう、先に行って全部見てきてあげるよ」
りり、りり、と、彼女の薄羽が泣くように闇夜を震わせていました。
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「…………あー……そこにいるんだね、リン」
「驚いたなあ……6割位は削られると覚悟してたけど、まさか主導権を奪ってくるなんて……笛でも用意したかな?再現したの?…音、よく覚えてたね」
「……結局、おとなになる前に子供じゃなくなっちゃったね」
「私…君が前倒しで叙勲されたって聞いた時、本当は全部壊しちゃおうか悩んだんだよ……無理だったけど」
「……もう、理由はわかるでしょ?……わかって欲しくなかったなあ」
「だから…………せめて、あっちを、みんながいる地獄を、先に見てきてあげる……君のお姉ちゃんだもん、私」
「──怖くないから、ゆっくりおいで。ね?」
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54番、輪唱のシルミューレ。
第五王子の公務護衛中、強化蝗群による襲撃が発生、自陣兵に王子を任せ応戦。
当該騎士との戦闘に備え、事前に用意した蟲笛を使用。4割を掌握後2割まで兵数を削られるも、相手方の群の認識に干渉し本体を襲わせることに成功。
交戦時間約5時間で死亡を確認、王子は退避済。
味方兵士38名が食害、虫毒により死傷。