RECORD
Eno.345 エイサの記録
十一月十七日。『僕』は十四歳になった。
とは言えこの日に特別な感慨はない。
故郷では数え年なので、新年を迎えると同時に皆が一斉に年をとる。
公的な記録では満年齢が採用されているので正式にはこの日に十四になるわけだが、数え年では既に十五になっている。
なので、そのことに気付いたのは誕生日を三日も過ぎた二十日になってからだったのだが――まぁ、そんなことはどうでもいいとして。
「…………」
とある秋の日のこと、僕は教室の窓を開け放して眼下に外を眺めていた。
ここは帝都の軍施設。年齢問わず国の為に戦う教育を施すため集められた青少年の生活場。
本日の講義に選んだ席は最前列窓際だった。最前列にして窓際。
意欲があることを殊更全面にアピールするでもなく、かといって怠惰というわけでもない。この席は、そんな僕のスタンスを代弁するようで気に入っている。
外からは訓練生の掛け声が耳を打つ。
自分もああやって訓練に塗り潰された日々をもう幾年も重ねてきたなどと、柄にもなく黄昏てみたりする。
何せ体調悪化かそれとも別の要因か。昨日までいた同期がいなくなっている事はしょっちゅうで。こんな場所、やってられないと逃げ出した人間も決して少なくないものだからここでの厳しさは察してくれよう。
さりとてそれも今思えば懐かしい思い出だ。
ならば何故こうして今更のように感慨深い気分になっているかというと――
「……来週にはまた前線送りか」
とどのつまりはそういう事だった。
僕にとって残り少ない座学。もう少しで昼飯という時間帯。
漸く頭に血が巡り始めるこの時間に食べたらまた眠くなる。
全国の施設が――或いはそれを定めた機関が、人間の集中力を損なうこの致命的構造的欠陥にいつか気付いてくれる日を僕は待ち侘びている。
そろそろベルが鳴る頃。ペン回しを無意識に行いながら、ぼんやりと廊下側に視線を滑らせてみた。
そこには近頃妙に気になる少年が座っている。
尤も向こうは此方のことなど知らないだろうが。
年の頃は見た所僕と同じか少し下くらい。
乱雑に切った灰混じりの茶髪に襟元まで詰めた軍服。日々の鍛錬に余念がないのか、眉間の皺がここからでも分かるほど『彼』という存在の陰影ははっきりとしている。
ガチガチだ。優等生として通っている僕から見ても、ガチガチの優等生だった。
しかし優等生という生物には、何事にも無関心を貫く僕とて多少なりの興味があったため、ここ数日彼を観察しているのだった。
その勉学に費やす意欲の高さは、とても僕と同じ構造の生物とは思えない。
流石に名前はわからないが、数日眺めているとそこそこのことはわかった。
例えば確実なのは友人というものがいないことだ。
僕は彼が談笑している姿はおろか、誰かと話しているのも見たことが無い。それどころか休憩時は一人で本を読んでいるか、でなければ訓練場で自主鍛錬をしている様子。
どうやら優等生なりにも苦手分野はあるらしく、彼が鍛錬から帰ってくるとその表情で体術と射撃のどちらを行っていたか分かるのが面白い。
こうしてみると優等生って人種にもやはり人間味はあるんだなと思う。話したいとは、思わないけれど。
それに、きっと話して楽しい人種でもないだろう。
そもそも彼が気になり出した切欠は優等生だからではなく、その毎日を酷くつまらなそうにしている姿――なにかを根本から諦めてしまったような相貌がやけに印象的に映ったからだった。
そんな人間と話したところで何が楽しいわけもないだろう。話しかけ方すら、全く思い浮かばない。
毎日浮かない顔してるね、か?
いかにも人生楽しくなさそうだね、とか?
そんな風に生きていて、楽しい?
……どう考えても喧嘩の売り方だ。
それで喧嘩に発展するような予想だって、彼には持てない。
喧嘩というのは活発な行動で、エネルギーが有り余ってるから発散したがるわけで、年齢不相応の疲弊すら感じさせる彼に、そんなにも血気盛んな反応は期待できそうにない。
こんな風に考えている事だってそれは凄く詮方無いことで、無駄以外の何物でもなくて、空いた時間まで能動的に活用しようとしない僕がそれを潰すための――正しく空費するための手段でしかない。
しかしどうせ暇潰しなのだからシミュレーションでもしてみよう。僕は突発的にそう考えた。
さて彼が興味を持つ話しかけ方とは、いったいどんなだろうか。
『おはよう、いい天気だね』
白々しすぎる。却下。
『射撃は苦手かい? 奇遇だね、僕もなんだ』
なんで知ってるんだって警戒されそうだ。
『キミの異能について、知りたいな』
不審者かな?
――なんて、それも詮無いこと。
ともあれ、そんな下らないことを考えていると、

彼が不意に首を傾け、偶々僕と目が合った。
咄嗟に会釈でもしようと思ったが、不思議と声が出なかった。
『手術』を受けたことを示す僕と同じ夕陽色の瞳は、確かにこちらに焦点を合わせながらも、一欠片の関心も映し出していなかった。
透徹した無関心。すぐ視線を逸らし、彼は前方の講義に集中する。
時間にすればほんの刹那の出来事。しかし僕はとてつもないことに気付いてしまった。
無関心。
――そう、この世界において自分に関心を持っているものなどほとんど存在しないのだ。
その一握りの関心を持っているものでさえ、自分が死んで暫くもすれば綺麗に消えてなくなるだろう。そうして総てはいつの日か無や混沌や不変といったものに還ってしまうのだ。
必死で生きようともがいて悩んで足掻いてみても、生きた証を遺そうとしてみても、そんなこと世界のほとんどにとっては何の関心もないこと、どうでもいいこと。
その事を、あの目は悟り切っているように思えた。
徹底して他に無関心であると同時に、他に関心を求めない。
ただ、独りで。独りで産まれて、独りで生きて、自分のためだけに生きて、後には何も遺さず、独りで死ぬ。
「――――」
いつの間にか授業は終わっていた。
号令担当が起立、礼と言って、それに従って礼をすると教官が教室から出る。
講義の空気が弛緩して、休み時間のそれへと変化していった。
/■
十一月十七日。『僕』は十四歳になった。
とは言えこの日に特別な感慨はない。
故郷では数え年なので、新年を迎えると同時に皆が一斉に年をとる。
公的な記録では満年齢が採用されているので正式にはこの日に十四になるわけだが、数え年では既に十五になっている。
なので、そのことに気付いたのは誕生日を三日も過ぎた二十日になってからだったのだが――まぁ、そんなことはどうでもいいとして。
「…………」
とある秋の日のこと、僕は教室の窓を開け放して眼下に外を眺めていた。
ここは帝都の軍施設。年齢問わず国の為に戦う教育を施すため集められた青少年の生活場。
本日の講義に選んだ席は最前列窓際だった。最前列にして窓際。
意欲があることを殊更全面にアピールするでもなく、かといって怠惰というわけでもない。この席は、そんな僕のスタンスを代弁するようで気に入っている。
外からは訓練生の掛け声が耳を打つ。
自分もああやって訓練に塗り潰された日々をもう幾年も重ねてきたなどと、柄にもなく黄昏てみたりする。
何せ体調悪化かそれとも別の要因か。昨日までいた同期がいなくなっている事はしょっちゅうで。こんな場所、やってられないと逃げ出した人間も決して少なくないものだからここでの厳しさは察してくれよう。
さりとてそれも今思えば懐かしい思い出だ。
ならば何故こうして今更のように感慨深い気分になっているかというと――
「……来週にはまた前線送りか」
とどのつまりはそういう事だった。
僕にとって残り少ない座学。もう少しで昼飯という時間帯。
漸く頭に血が巡り始めるこの時間に食べたらまた眠くなる。
全国の施設が――或いはそれを定めた機関が、人間の集中力を損なうこの致命的構造的欠陥にいつか気付いてくれる日を僕は待ち侘びている。
そろそろベルが鳴る頃。ペン回しを無意識に行いながら、ぼんやりと廊下側に視線を滑らせてみた。
そこには近頃妙に気になる少年が座っている。
尤も向こうは此方のことなど知らないだろうが。
年の頃は見た所僕と同じか少し下くらい。
乱雑に切った灰混じりの茶髪に襟元まで詰めた軍服。日々の鍛錬に余念がないのか、眉間の皺がここからでも分かるほど『彼』という存在の陰影ははっきりとしている。
ガチガチだ。優等生として通っている僕から見ても、ガチガチの優等生だった。
しかし優等生という生物には、何事にも無関心を貫く僕とて多少なりの興味があったため、ここ数日彼を観察しているのだった。
その勉学に費やす意欲の高さは、とても僕と同じ構造の生物とは思えない。
流石に名前はわからないが、数日眺めているとそこそこのことはわかった。
例えば確実なのは友人というものがいないことだ。
僕は彼が談笑している姿はおろか、誰かと話しているのも見たことが無い。それどころか休憩時は一人で本を読んでいるか、でなければ訓練場で自主鍛錬をしている様子。
どうやら優等生なりにも苦手分野はあるらしく、彼が鍛錬から帰ってくるとその表情で体術と射撃のどちらを行っていたか分かるのが面白い。
こうしてみると優等生って人種にもやはり人間味はあるんだなと思う。話したいとは、思わないけれど。
それに、きっと話して楽しい人種でもないだろう。
そもそも彼が気になり出した切欠は優等生だからではなく、その毎日を酷くつまらなそうにしている姿――なにかを根本から諦めてしまったような相貌がやけに印象的に映ったからだった。
そんな人間と話したところで何が楽しいわけもないだろう。話しかけ方すら、全く思い浮かばない。
毎日浮かない顔してるね、か?
いかにも人生楽しくなさそうだね、とか?
そんな風に生きていて、楽しい?
……どう考えても喧嘩の売り方だ。
それで喧嘩に発展するような予想だって、彼には持てない。
喧嘩というのは活発な行動で、エネルギーが有り余ってるから発散したがるわけで、年齢不相応の疲弊すら感じさせる彼に、そんなにも血気盛んな反応は期待できそうにない。
こんな風に考えている事だってそれは凄く詮方無いことで、無駄以外の何物でもなくて、空いた時間まで能動的に活用しようとしない僕がそれを潰すための――正しく空費するための手段でしかない。
しかしどうせ暇潰しなのだからシミュレーションでもしてみよう。僕は突発的にそう考えた。
さて彼が興味を持つ話しかけ方とは、いったいどんなだろうか。
『おはよう、いい天気だね』
白々しすぎる。却下。
『射撃は苦手かい? 奇遇だね、僕もなんだ』
なんで知ってるんだって警戒されそうだ。
『キミの異能について、知りたいな』
不審者かな?
――なんて、それも詮無いこと。
ともあれ、そんな下らないことを考えていると、

「…………」
彼が不意に首を傾け、偶々僕と目が合った。
咄嗟に会釈でもしようと思ったが、不思議と声が出なかった。
『手術』を受けたことを示す僕と同じ夕陽色の瞳は、確かにこちらに焦点を合わせながらも、一欠片の関心も映し出していなかった。
透徹した無関心。すぐ視線を逸らし、彼は前方の講義に集中する。
時間にすればほんの刹那の出来事。しかし僕はとてつもないことに気付いてしまった。
無関心。
――そう、この世界において自分に関心を持っているものなどほとんど存在しないのだ。
その一握りの関心を持っているものでさえ、自分が死んで暫くもすれば綺麗に消えてなくなるだろう。そうして総てはいつの日か無や混沌や不変といったものに還ってしまうのだ。
必死で生きようともがいて悩んで足掻いてみても、生きた証を遺そうとしてみても、そんなこと世界のほとんどにとっては何の関心もないこと、どうでもいいこと。
その事を、あの目は悟り切っているように思えた。
徹底して他に無関心であると同時に、他に関心を求めない。
ただ、独りで。独りで産まれて、独りで生きて、自分のためだけに生きて、後には何も遺さず、独りで死ぬ。
「――――」
いつの間にか授業は終わっていた。
号令担当が起立、礼と言って、それに従って礼をすると教官が教室から出る。
講義の空気が弛緩して、休み時間のそれへと変化していった。