RECORD
Eno.312 ムサシボウ ベンケイの記録
―― お化けが出るぞ、ヘソを取られるぞ。
そんな言葉が日々の中で、不意に零れることがある。
その多くは何かを窘めるためであったり、抑止するためであったり。
このジパングでは、日常茶飯事であった。
そんなモノ、ある筈が無いのに。起きることも。
だというのに、ヒトはいつからか当然の様に口にし始めた。
なぜか?―― 恐怖は、ヒトを遠ざけるモノだから。
確実では無いが……、"設備" を講じるには、資金や人手が求められる。
それを辺境な村に求められるか。―― 不可能だ。
いや、厳密に言えば一つや二つなら可能だろうが、
山や森への道を遮る規模となれば、土台無理な話。
貴族たちが集う宮殿には幾つも見られるが、彼らに村に住む理由は無く。
では、どの様にして遮るか。
その答えとして、これらの様にある訳の無い言葉が罷り通っている。
だが、人々は知らなかった。知る由も無かった。
言葉には意思が宿る。―― 意味が宿る。
やがて虚空へと紡がれていた言葉は、実体を帯び、姿を象る。
『妖怪』は、その様にして生まれ出る。
―― 不確かがカタチを帯びたモノ、それが『妖怪』である。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
故に、彼らは言及、波及によって、その存在感を強める。
"お化けが出るぞ" によって現れ出た妖怪ならば、
姿を現し "お化け" と認知されることで、存在をより強固にする。
そして、もう一つ――、
怒号が、舞う。叫び、咆哮、絶叫…………。
暗黒の夜の元で響く音色は、最早判別が付かない。
陽が昇っている間は美しかった庭園も、今は踏み荒らされて。
―― 辛うじて確認出来る光は、炎が発するモノ。
しかし、時折炎は暗闇に塞がれる、数多の影に。


それは人影だ。それも一つや二つではない、軍勢……とも、言えない数。
駆けるぞ、と命を下したヨシツネが中央を陣取り、その周囲を彼の軍勢が取り囲んでいる。
後方には軍勢の腕自慢、ベンケイが殿を勤めており、……。
ヨシツネの周囲には、この場に不相応な者達が数人。―― 侍女。
彼女たちもまた、"守る様に" 中央に座している。
高位の者に仕え、主に身辺の雑務をこなす者達だ。武器の心得は、薄い。
それでも尚、彼女たちは身を寄せ合う様に座している。守る様に。
そう、守る様に。……軍勢の中央、侍女たちの中心。
そこに在るのは、ヨシツネと、その妻。
この場の誰よりも高位であり、彼らに仕える者達の頂点。
だからこそ、この陣形は己が身を盾とし、守るためのモノだった。
なんとしても守り抜く、生かす、……その現れだ。


…………一撃、だった。
人の持つ腕よりも2周りは上であろうそれが、兵を殴打し弾き飛ばす。
……拳のカタチが残った、防具には。
防御や防具が意味を成さない、圧倒的な暴力。
影のカタチは、人の様。しかしその背丈は遥かに異なる。
2mに有に届き、人と似通った部位その全てが丸太の様。上半身は宛ら大岩である。
―― "鬼"、と呼ばれる妖怪。
好戦的な気性に相応しい、高い身体能力を持つ妖怪。
鬼は外福は内などと言う言葉が生み出した、とも。

……それが両手両足で収まらない程の数。
それこそが義経たちを今この瞬間包囲する軍勢である。
詰まる所、襲撃を受けた。ヨシツネは。
行軍中に住居へ戻り、妻と束の間の休息を得る最中であった。
警戒はしていたモノの、天にまで気を払うは人には難しい。
ましてや、日中であっても姿を眩ませていたならば尚の事。
妖怪は、時として容易く人知を凌駕する。

楽で良いな貴様ら!
敵が一致していて本当に良かったな貴様ら!
飛ぶ、ヨシツネの怒号が。
切り伏せ、切り伏せられ、切り伏せ――、繰り返し。
怒号はヨシツネ達だけのモノではない。"相手"も同様に、人。
そう、―― 妖怪は、徒党を組んでいる。人、人間と。
此れがこの時、ジパングを揺るがした『源平魔戦』の平魔の正体。
"平" とされる人間たちと、 "魔" とされる妖怪。
彼らは利害の一致から手を組み、ジパングを相手取っている。
なんと忌々しい、……いや。ある種では望ましいのか。
利害さえ一致すれば、手を組むこともあり得るのか?

されど、今は思う時ではない。考える時でもない。
ヨイチの放った弓が敵を射貫く。
人間が死に至る聞き慣れた音を発して。だが即座に荒々しい響きが掻き消す。
事態は混沌だ、正に。絶対包囲宛ら地獄の窯の上。
だが、それでもヨシツネ達の足は止まらない。
圧しつ押されつつも、その歩みは進んで。
……消耗は避けられない。だが壊滅には至っていない。
平魔の戦力はヨシツネの軍勢を遥かに凌駕しているというのに。
それもその筈。ヨシツネの周囲にある者たちは、特に優れた精鋭。
束の間の休息を為すための戦力。
その暇は、常の軍勢では隠せぬ故に。尤も、近場に控えてはいるのだが。
詰まる所、本来の軍勢との合流がヨシツネ達の狙い。
視界は暗黒暗闇。然して、地の利はこちらに在り。
慣れ親しんだ場での立ち回りが、ヨシツネ達を均衡にまで押し上げている。
……押し上げている、いた。

奔る、衝撃が。
……ヨシツネに付き添う者たち全てに。
衝撃の正体はベンケイという "個人" の安否だけではない。―― 殿の異常故に。
その時、ベンケイは片の目を己が手の平で覆っていた。
異常を察した付近の者達がベンケイを取り囲む。被害を拡げぬために。
殿を務める武力。……絶望的であろうとも、希望を持たずにはいられない。

衝撃、だった。……ベンケイにとっても。
喧騒の中、己の瞳に "なにか "が映り込み、一瞬。

比喩ではない。ベンケイの身を弾き飛ばす衝撃が、その瞳に至った。
或いは、貫いた。抉った、…… "突き刺さった" 。

……そして次の瞬間には、激痛と "半分の視界" 。
考えることが出来ない。思考も、視界も、……感覚すら霞掛っている。
何が起きたかを考えることが出来ない。考えようと、することすらも。
それでも尚、薙刀を手放さなかったのは思考の先の意志が故なのだろう。


……随分と酷い覚醒だ、酒に潰れた翌日よりも。頭痛所の痛みではない。
嗚呼、そうだ。……切り裂かれた痛みに似ている。
成す術の無くした傷口が悲鳴を上げる、あの感覚。
痛みが遮る、口を開こうとするも。痛みを遮れば痛みが込み上げて。

だから、微かだった。絞り出しようやくといった声色。
焦燥は明らかだ。抑え込もうとしたとて、体がついて来なくて。

だが、体は動く。
ついて来ないだけだ。―― "引き摺ろう"。
・
・
・
それからのことは、よく覚えていない。
目を覚ませば、ヨシツネが辿り着いたのであろう知らない天井の下。
いつ眠ったのか分からない。倒れたのかどうかすらも。
自分がどの様にして、皆と共に辿り着いた記憶が無い。
……伝聞に寄れば、控えていた軍勢と合流したのち、
何を発することも無く、ベンケイはその場に崩れ落ちたという。
その間は嵐の如く薙刀を振るい、荒々しく舞っていたそうな。
痛みにのたうち回されていた。
だから利用した。痛みに任せ、己を振るっていたのだ。
目に映る "敵" のみぞを屠っていたのは、己が己で在り続けた故なのだろう。

痛みは、少ない。体には。
難解な局面を退けた翌日に感じる四肢の痛み程度。
状況を鑑みれば、あまりに幸いだろう。
精鋭の幾人かを失ったのは痛手だが、
ヨシツネとその妻は無事なのだから。後ヨイチ。

そして己も――、ベンケイも、また。無事では無きであるが。

はぁ、と落胆の溜息。痛みはもう引いていたのは、……幸いか。
気付くのは、容易だった。
……受け入れるのには数日を要したが、
肉体の回復と共に、意志は象られて。
一度の傷、一度の敗北。―― それのみぞで、事は終わらなかったから。
この間己が伏して尚、平魔に追い込まれなかったのはヨシツネの采配が故なのだろう。
戦い自体は起きていたそうだ。一人欠けた所で滅びはしない。
これもまた、ヨシツネの配下と成ったことで知り得たことではあるが。
そうして。―― ベンケイは、片目の光を失った。
だが、
幸いだったと、ベンケイは吐露する。源平魔戦が終結した後に。
何故ならば、彼の一撃は頭部を打ち抜いたということでもある。
僅かに逸れたならば、それこそ命が無かったやもしれない。
ベンケイは精鋭の一人だ。故に、その可能性を理解している、出来てしまう。
―― 死んでいたかもしれない、と。それを裏付けるモノが一つ。

遥か彼方のこと。然して、己を成す今現在においても重大な出会いの象徴。
だからこそ、ベンケイは身に付けていた。
ある世界では "息災の御守り" と呼ばれたそれには、相応しき意匠が施されて。
ベンケイの知らぬ言葉、かの世の言葉で一言。
翻訳の魔術無しには読めない言伝。───“忘れるな”と。
ベンケイは其れを、己が腕に纏い続けていた。御守りでもあるし。
縋るためではない、想う為でもない、……示すために。
姿無き師へ、己の姿を示すため。そして腑抜けぬために。
この御守りの存在があの一撃を逸らしたのやもしれない、とも。
今となっては欠けてしまい、残るはその一部ではあるが。
然して、宝として――、己を護った恩寵の品として。
今も尚、ベンケイは遺している。
終幕
―― お化けが出るぞ、ヘソを取られるぞ。
そんな言葉が日々の中で、不意に零れることがある。
その多くは何かを窘めるためであったり、抑止するためであったり。
このジパングでは、日常茶飯事であった。
そんなモノ、ある筈が無いのに。起きることも。
だというのに、ヒトはいつからか当然の様に口にし始めた。
なぜか?―― 恐怖は、ヒトを遠ざけるモノだから。
確実では無いが……、"設備" を講じるには、資金や人手が求められる。
それを辺境な村に求められるか。―― 不可能だ。
いや、厳密に言えば一つや二つなら可能だろうが、
山や森への道を遮る規模となれば、土台無理な話。
貴族たちが集う宮殿には幾つも見られるが、彼らに村に住む理由は無く。
では、どの様にして遮るか。
その答えとして、これらの様にある訳の無い言葉が罷り通っている。
だが、人々は知らなかった。知る由も無かった。
言葉には意思が宿る。―― 意味が宿る。
やがて虚空へと紡がれていた言葉は、実体を帯び、姿を象る。
『妖怪』は、その様にして生まれ出る。
―― 不確かがカタチを帯びたモノ、それが『妖怪』である。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
故に、彼らは言及、波及によって、その存在感を強める。
"お化けが出るぞ" によって現れ出た妖怪ならば、
姿を現し "お化け" と認知されることで、存在をより強固にする。
そして、もう一つ――、
怒号が、舞う。叫び、咆哮、絶叫…………。
暗黒の夜の元で響く音色は、最早判別が付かない。
陽が昇っている間は美しかった庭園も、今は踏み荒らされて。
―― 辛うじて確認出来る光は、炎が発するモノ。
しかし、時折炎は暗闇に塞がれる、数多の影に。

「ヨシツネ殿!奥様は!?」

「無事だ!―― ベンケイ!殿を頼む!
すまぬ!皆!駆けるぞ!」
それは人影だ。それも一つや二つではない、軍勢……とも、言えない数。
駆けるぞ、と命を下したヨシツネが中央を陣取り、その周囲を彼の軍勢が取り囲んでいる。
後方には軍勢の腕自慢、ベンケイが殿を勤めており、……。
ヨシツネの周囲には、この場に不相応な者達が数人。―― 侍女。
彼女たちもまた、"守る様に" 中央に座している。
高位の者に仕え、主に身辺の雑務をこなす者達だ。武器の心得は、薄い。
それでも尚、彼女たちは身を寄せ合う様に座している。守る様に。
そう、守る様に。……軍勢の中央、侍女たちの中心。
そこに在るのは、ヨシツネと、その妻。
この場の誰よりも高位であり、彼らに仕える者達の頂点。
だからこそ、この陣形は己が身を盾とし、守るためのモノだった。
なんとしても守り抜く、生かす、……その現れだ。

「ゴォォォォォッ
ハァァァァァ!!!!!!!!!」

「う、うわァ!?」
…………一撃、だった。
人の持つ腕よりも2周りは上であろうそれが、兵を殴打し弾き飛ばす。
……拳のカタチが残った、防具には。
防御や防具が意味を成さない、圧倒的な暴力。
影のカタチは、人の様。しかしその背丈は遥かに異なる。
2mに有に届き、人と似通った部位その全てが丸太の様。上半身は宛ら大岩である。
―― "鬼"、と呼ばれる妖怪。
好戦的な気性に相応しい、高い身体能力を持つ妖怪。
鬼は外福は内などと言う言葉が生み出した、とも。

鬼
妖怪の中でも特にポピュラーな、恐怖の象徴とされる存在。
"鬼は外福は内" も然ることながら、鬼が出るとも。
恐ろしい形相はその現れで、差異はあれど共通している。
鬼に関わらず、妖怪には個体差が生じる。
……それが両手両足で収まらない程の数。
それこそが義経たちを今この瞬間包囲する軍勢である。
詰まる所、襲撃を受けた。ヨシツネは。
行軍中に住居へ戻り、妻と束の間の休息を得る最中であった。
警戒はしていたモノの、天にまで気を払うは人には難しい。
ましてや、日中であっても姿を眩ませていたならば尚の事。
妖怪は、時として容易く人知を凌駕する。

「ええい!
貴様らのみぞ徒党を組みおってからに!」
楽で良いな貴様ら!
敵が一致していて本当に良かったな貴様ら!
飛ぶ、ヨシツネの怒号が。
切り伏せ、切り伏せられ、切り伏せ――、繰り返し。
怒号はヨシツネ達だけのモノではない。"相手"も同様に、人。
そう、―― 妖怪は、徒党を組んでいる。人、人間と。
此れがこの時、ジパングを揺るがした『源平魔戦』の平魔の正体。
"平" とされる人間たちと、 "魔" とされる妖怪。
彼らは利害の一致から手を組み、ジパングを相手取っている。
なんと忌々しい、……いや。ある種では望ましいのか。
利害さえ一致すれば、手を組むこともあり得るのか?

「ヨシツネ様!」
されど、今は思う時ではない。考える時でもない。
ヨイチの放った弓が敵を射貫く。
人間が死に至る聞き慣れた音を発して。だが即座に荒々しい響きが掻き消す。
事態は混沌だ、正に。絶対包囲宛ら地獄の窯の上。
だが、それでもヨシツネ達の足は止まらない。
圧しつ押されつつも、その歩みは進んで。
……消耗は避けられない。だが壊滅には至っていない。
平魔の戦力はヨシツネの軍勢を遥かに凌駕しているというのに。
それもその筈。ヨシツネの周囲にある者たちは、特に優れた精鋭。
束の間の休息を為すための戦力。
その暇は、常の軍勢では隠せぬ故に。尤も、近場に控えてはいるのだが。
詰まる所、本来の軍勢との合流がヨシツネ達の狙い。
視界は暗黒暗闇。然して、地の利はこちらに在り。
慣れ親しんだ場での立ち回りが、ヨシツネ達を均衡にまで押し上げている。
……押し上げている、いた。

「ベンケイ殿!!!!!!!」
奔る、衝撃が。
……ヨシツネに付き添う者たち全てに。
衝撃の正体はベンケイという "個人" の安否だけではない。―― 殿の異常故に。
その時、ベンケイは片の目を己が手の平で覆っていた。
異常を察した付近の者達がベンケイを取り囲む。被害を拡げぬために。
殿を務める武力。……絶望的であろうとも、希望を持たずにはいられない。

「――、――!?」
衝撃、だった。……ベンケイにとっても。
喧騒の中、己の瞳に "なにか "が映り込み、一瞬。

次の瞬間、己が視界が "弾け飛んでいた" 。
比喩ではない。ベンケイの身を弾き飛ばす衝撃が、その瞳に至った。
或いは、貫いた。抉った、…… "突き刺さった" 。

「……、……?
…………、……ぁ……?」
……そして次の瞬間には、激痛と "半分の視界" 。
考えることが出来ない。思考も、視界も、……感覚すら霞掛っている。
何が起きたかを考えることが出来ない。考えようと、することすらも。
それでも尚、薙刀を手放さなかったのは思考の先の意志が故なのだろう。

「ベンケイ殿!
大事ありませんか!?」

「ッ、…………」
……随分と酷い覚醒だ、酒に潰れた翌日よりも。頭痛所の痛みではない。
嗚呼、そうだ。……切り裂かれた痛みに似ている。
成す術の無くした傷口が悲鳴を上げる、あの感覚。
痛みが遮る、口を開こうとするも。痛みを遮れば痛みが込み上げて。

「…………体は、動く」
だから、微かだった。絞り出しようやくといった声色。
焦燥は明らかだ。抑え込もうとしたとて、体がついて来なくて。

「ぬゥァァァッ!」
だが、体は動く。
ついて来ないだけだ。―― "引き摺ろう"。
・
・
・
それからのことは、よく覚えていない。
目を覚ませば、ヨシツネが辿り着いたのであろう知らない天井の下。
いつ眠ったのか分からない。倒れたのかどうかすらも。
自分がどの様にして、皆と共に辿り着いた記憶が無い。
……伝聞に寄れば、控えていた軍勢と合流したのち、
何を発することも無く、ベンケイはその場に崩れ落ちたという。
その間は嵐の如く薙刀を振るい、荒々しく舞っていたそうな。
だから利用した。痛みに任せ、己を振るっていたのだ。
目に映る "敵" のみぞを屠っていたのは、己が己で在り続けた故なのだろう。

「……、……」
痛みは、少ない。体には。
難解な局面を退けた翌日に感じる四肢の痛み程度。
状況を鑑みれば、あまりに幸いだろう。
精鋭の幾人かを失ったのは痛手だが、
ヨシツネとその妻は無事なのだから。後ヨイチ。

「しかし、……参りましたなあ」
そして己も――、ベンケイも、また。無事では無きであるが。

「目、にござりまするか…………」
はぁ、と落胆の溜息。痛みはもう引いていたのは、……幸いか。
気付くのは、容易だった。
……受け入れるのには数日を要したが、
肉体の回復と共に、意志は象られて。
一度の傷、一度の敗北。―― それのみぞで、事は終わらなかったから。
この間己が伏して尚、平魔に追い込まれなかったのはヨシツネの采配が故なのだろう。
戦い自体は起きていたそうだ。一人欠けた所で滅びはしない。
これもまた、ヨシツネの配下と成ったことで知り得たことではあるが。
そうして。―― ベンケイは、片目の光を失った。
だが、
幸いだったと、ベンケイは吐露する。源平魔戦が終結した後に。
何故ならば、彼の一撃は頭部を打ち抜いたということでもある。
僅かに逸れたならば、それこそ命が無かったやもしれない。
ベンケイは精鋭の一人だ。故に、その可能性を理解している、出来てしまう。
―― 死んでいたかもしれない、と。それを裏付けるモノが一つ。

アミュレット
それは、壊れている。
遥か彼方のこと。然して、己を成す今現在においても重大な出会いの象徴。
だからこそ、ベンケイは身に付けていた。
ある世界では "息災の御守り" と呼ばれたそれには、相応しき意匠が施されて。
ベンケイの知らぬ言葉、かの世の言葉で一言。
翻訳の魔術無しには読めない言伝。───“忘れるな”と。
ベンケイは其れを、己が腕に纏い続けていた。御守りでもあるし。
縋るためではない、想う為でもない、……示すために。
姿無き師へ、己の姿を示すため。そして腑抜けぬために。
この御守りの存在があの一撃を逸らしたのやもしれない、とも。
今となっては欠けてしまい、残るはその一部ではあるが。
然して、宝として――、己を護った恩寵の品として。
今も尚、ベンケイは遺している。