RECORD
Eno.263 ユビアサグラーダの記録
あざなえるゆめ
*
「親だあ〜〜……?なんだいアンタ、この期に及んでまだそんなこと気にしてんのかい」
気にしているという訳ではありませんが──この場にいる以上、みな一度は思うことです。
僕達の近衛騎士団は、皆家族です。
例えではなく、強靭な亜人騎士の排出 を目的とした複雑な交配と出産が行われていたために、最早誰と誰とが血縁なのかが分からないのです。
あほらし……と、発火剤を捏ねているジャゾさんが零します。彼女の足は乳鉢を柔軟に掴んで──まるで、僕の全身のように、人の本来の形を無視して曲がります。
「チッ、ジロジロ見んじゃないよ。あれかい、あたしがアンタのママとでも思ってないだろうね…ああ?言ってない?じゃあ思ってんじゃないかい」
彼女は目線に鋭敏です。ここでお世話になり始めてからは僕もだんだん分かってきましたが、特に彼女は人の気配を気にしています。
それにしたって、だいぶ当たりが強いように感じるのは気のせいでしょうか。
鎖の鋳造を続けつつ、恐る恐る聞いてみると目にも見えない速度で蹴られました。日に何度もこれをやってくるせいで、ここ最近は顔や背中が鞭打たれたように腫れ上がっていることが常でした。
「そんなアホなこと考えてるから避けれないンだよ!ほら、とっとと手ぇ動かしな!」
シッシッと手を払われ、渋々手元に目線を落とします。
僕達のような騎士はこうやって作業場にも集まることは稀なので、せめて何か話したいところですが。
────名前。
「あ?あたしの名前の由来だあ?そんなこと知って何になるんだい」
僕達は本来名前を持ちません。この世に未練を残さないためとか何とかで、番号のみが振られています。
でも、それでは呼ぶ時に困りますし──何より、名前がなければいついなくなるかも分からない同胞を覚えておくことができませんから、自分で自分の名前をつけるのです。
死人は記憶の中で永遠になれる。常に死の可能性がある僕たちにおける、ある種の信仰のようなものでした。
「んなもんどうでもいいだろうさ……まさか、ぶっ殺した後で覚えてやろうってんじゃあないだろうね?ッハハ!生意気言ってんじゃないよこのッ」
音もなく足が飛んで、また頬を張られました。そんなこと一言も言ってないのに……少しだけ、思いはしたかもしれないけれど。
「しかしまあ、可能性はゼロじゃないか…アンタも聞いてるだろ?第1王子の落馬事故……表向き療養ってことになってるが、ありゃもうダメさね。即死したのを諸々の手続きのために公表先延ばしにしてんのさ」
これから忙しくなる。そう言う横顔にはもう先程の苛烈さはありません。
ただ冷たい鋼のような能面でした。
「…アンタがヒヨっ子から半人前になる位は、ホルベジオのバカに免じて見てやろうと思ったがね…こうなっちゃどこもかしこも人手が欲しい。いや、よそに人手を回したくない……
アンタら世代が争点だ。同じ主に仕えられると思うんじゃないよ」
叙勲をしたら、近衛騎士はそれぞれ専属の主ができます。あとは彼らのため命を張るだけ、敵がいれば盾になるだけ。
平時ならそれで良くても、この状況では、それは、
「…ま、アンタからしちゃ耳タコだろうが…あたしらは『誰を殺ろうが殺られようが、恨みっこなし』だ。最初から、こういう事態になることを織り込み済みなんだよ、あたしらは」
……
………………
「…そうさね、もしアンタがあたしを上手いこと殺せたら……その時は名前の由来、教えてやろうじゃないのさ。」
「できるなら、だけどね。こっちもそうなりゃ手加減抜きさ」
「……ほら、そんなシケたツラしてんじゃないよ!またしばかれたいのかい?ええ?」
*
「…あー、ジャゾってのは、南方の言葉で手の長い猿のことだよ。木の上を軽業じみて動き回るんだそうだ…
あたしの頃の教官は招聘組だからねえ、よその言葉を教えてもらったのさ」
「は、言っちまったよ情けない…あんだけ大口叩いといてこのザマかい…いや、アンタが凄かったのか、これは」
「…随分寡黙になったねえ?それに気配もうまく消せるようになったもんだ…あのへっぽこがよくもまあねえ」
「…はあ、よりにもよってこんな嫌ーな手ェ打ってねえ…いや、責めちゃいないさ。あたしとこの状況相手なら、最適解さ。
上手くやったんだ。誇りなよ」
「…なあ、少しでも情けがあるなら、一思いに終わらせちゃくれないかね。ここまで騎士やってきてさ、疲れたよ。なんでかは分かるだろ?新任騎士」
「……ッハハハハ!さすがに釣られないか!開けたところに仕留めてやろうと思ったのに…!」
「…………いい騎士になったもんだ、親も喜んでるだろうよ、はは!」
────────────────────────
30番、密禍のジャゾ。
離宮における夜間警備中、兵士の交代の隙を突かれ侵入を許す。王子の寝所まで進行されるも、何とか退避に成功、戦闘に突入する。
亜人としての特徴を同じくする、手の割れている相手であったことから攻めあぐね苦戦したが、離宮地下の牢屋に移動後、拷問用の固定泥壺への固定に成功。その後3週間の密閉及び泥の挿入により、死亡を確認。
味方兵士35名が死傷。全員が死亡、負傷により復職が不可能な状態。
「親だあ〜〜……?なんだいアンタ、この期に及んでまだそんなこと気にしてんのかい」
気にしているという訳ではありませんが──この場にいる以上、みな一度は思うことです。
僕達の近衛騎士団は、皆家族です。
例えではなく、強靭な亜人騎士の排出 を目的とした複雑な交配と出産が行われていたために、最早誰と誰とが血縁なのかが分からないのです。
あほらし……と、発火剤を捏ねているジャゾさんが零します。彼女の足は乳鉢を柔軟に掴んで──まるで、僕の全身のように、人の本来の形を無視して曲がります。
「チッ、ジロジロ見んじゃないよ。あれかい、あたしがアンタのママとでも思ってないだろうね…ああ?言ってない?じゃあ思ってんじゃないかい」
彼女は目線に鋭敏です。ここでお世話になり始めてからは僕もだんだん分かってきましたが、特に彼女は人の気配を気にしています。
それにしたって、だいぶ当たりが強いように感じるのは気のせいでしょうか。
鎖の鋳造を続けつつ、恐る恐る聞いてみると目にも見えない速度で蹴られました。日に何度もこれをやってくるせいで、ここ最近は顔や背中が鞭打たれたように腫れ上がっていることが常でした。
「そんなアホなこと考えてるから避けれないンだよ!ほら、とっとと手ぇ動かしな!」
シッシッと手を払われ、渋々手元に目線を落とします。
僕達のような騎士はこうやって作業場にも集まることは稀なので、せめて何か話したいところですが。
────名前。
「あ?あたしの名前の由来だあ?そんなこと知って何になるんだい」
僕達は本来名前を持ちません。この世に未練を残さないためとか何とかで、番号のみが振られています。
でも、それでは呼ぶ時に困りますし──何より、名前がなければいついなくなるかも分からない同胞を覚えておくことができませんから、自分で自分の名前をつけるのです。
死人は記憶の中で永遠になれる。常に死の可能性がある僕たちにおける、ある種の信仰のようなものでした。
「んなもんどうでもいいだろうさ……まさか、ぶっ殺した後で覚えてやろうってんじゃあないだろうね?ッハハ!生意気言ってんじゃないよこのッ」
音もなく足が飛んで、また頬を張られました。そんなこと一言も言ってないのに……少しだけ、思いはしたかもしれないけれど。
「しかしまあ、可能性はゼロじゃないか…アンタも聞いてるだろ?第1王子の落馬事故……表向き療養ってことになってるが、ありゃもうダメさね。即死したのを諸々の手続きのために公表先延ばしにしてんのさ」
これから忙しくなる。そう言う横顔にはもう先程の苛烈さはありません。
ただ冷たい鋼のような能面でした。
「…アンタがヒヨっ子から半人前になる位は、ホルベジオのバカに免じて見てやろうと思ったがね…こうなっちゃどこもかしこも人手が欲しい。いや、よそに人手を回したくない……
アンタら世代が争点だ。同じ主に仕えられると思うんじゃないよ」
叙勲をしたら、近衛騎士はそれぞれ専属の主ができます。あとは彼らのため命を張るだけ、敵がいれば盾になるだけ。
平時ならそれで良くても、この状況では、それは、
「…ま、アンタからしちゃ耳タコだろうが…あたしらは『誰を殺ろうが殺られようが、恨みっこなし』だ。最初から、こういう事態になることを織り込み済みなんだよ、あたしらは」
……
………………
「…そうさね、もしアンタがあたしを上手いこと殺せたら……その時は名前の由来、教えてやろうじゃないのさ。」
「できるなら、だけどね。こっちもそうなりゃ手加減抜きさ」
「……ほら、そんなシケたツラしてんじゃないよ!またしばかれたいのかい?ええ?」
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「…あー、ジャゾってのは、南方の言葉で手の長い猿のことだよ。木の上を軽業じみて動き回るんだそうだ…
あたしの頃の教官は招聘組だからねえ、よその言葉を教えてもらったのさ」
「は、言っちまったよ情けない…あんだけ大口叩いといてこのザマかい…いや、アンタが凄かったのか、これは」
「…随分寡黙になったねえ?それに気配もうまく消せるようになったもんだ…あのへっぽこがよくもまあねえ」
「…はあ、よりにもよってこんな嫌ーな手ェ打ってねえ…いや、責めちゃいないさ。あたしとこの状況相手なら、最適解さ。
上手くやったんだ。誇りなよ」
「…なあ、少しでも情けがあるなら、一思いに終わらせちゃくれないかね。ここまで騎士やってきてさ、疲れたよ。なんでかは分かるだろ?新任騎士」
「……ッハハハハ!さすがに釣られないか!開けたところに仕留めてやろうと思ったのに…!」
「…………いい騎士になったもんだ、親も喜んでるだろうよ、はは!」
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30番、密禍のジャゾ。
離宮における夜間警備中、兵士の交代の隙を突かれ侵入を許す。王子の寝所まで進行されるも、何とか退避に成功、戦闘に突入する。
亜人としての特徴を同じくする、手の割れている相手であったことから攻めあぐね苦戦したが、離宮地下の牢屋に移動後、拷問用の固定泥壺への固定に成功。その後3週間の密閉及び泥の挿入により、死亡を確認。
味方兵士35名が死傷。全員が死亡、負傷により復職が不可能な状態。