RECORD
Eno.7 の記録
―――異教騒動は事が動いてしまえば、ジュヘナザートの出る幕など皆無に等しかった。
怪異に対する実戦力には到底足らず、教会を保守するにも足らず。精々が怪我をこさえて戻ってきた者たちの治療に努める程度。
ただ遠くで事態を眺めていたような感覚で、いつか少女と話していた世間話を思い出す様な。何もかもが他人事であった。
結局、どれだけの大義名分を翳そうと死ねば詭弁でしかないのに。
……調べた話によれば。ことの始まりは退廃地区の娼婦であり、ただ子を多く望む偏執が脳に異能を孕ませ怪異と言う名の化け物となり果てた。
それが嘗て人の親であった頃は産み落とした子を教会に預け先として選んだ事もあったが、教会も娼婦の孤児を預かれる程の余裕はなく。
増えては絶える子に対して薄まる愛情は長女によって捧げ続ける贄の形を以て母体へと希われた。その結果が、あの騒動らしい。
母親は何処までも身勝手で、子供は齎されるべき愛情に飢えていただけ。誰一人として革命家や新興の器として足りる事はなかったのだ。
あの少女に対しては気の毒に思わない事もない。人は産まれを選ぶことなどできないし、環境もまた同様。
少し何かが違えばなんて"たられば"の話で――家族と名の付いた血縁のある他人とは近くの誰かを顧みる事なんてそうそう無い。自分の姉だってそう証明している。
だから、ジュヘナザートはニエに非の無い憐憫にも似た共感を覚える事が出来たし、それと共ににどうでも良いとすら思っていた。理解とは納得で、納得とは分別となって腑に落ちてしまう。悪癖。
同情と呼ぶのは簡単だが、同調せど情が無い。
そして何よりも、結論として変わらないのは。
愛なんてろくでもないと言う一点だ。


怪異が討伐されてから七日後。
家具と装飾の少ない広い部屋にてジュヘナザートは教皇ブリントに呼ばれ、対談を行っていた。
身の丈ほどある大旗を自身に建てかける神父は見た目こそ若年であり粗暴な口ぶりは威厳を感じさせないが、二人きりで話すのには抵抗がある。
教会の外では今回の件で傷つき壊れた物や傷病者の為に人々が走り回っていた。恐怖や錯乱とは別の喧噪がある事に、ようやっと日常に回帰できる兆しが見ていたのだが。


それはそうだ。用も無いのに話しかける事は無いし、全くの意味も無しに他人へ必要性を求める事もあまり無いだろう。
対面する神父は自組織の頭である。然しながらその心は人間不信と自己欺瞞が殆どを占める程度には人間と言う存在を嫌っている人間だ。どうして今までこの座に居るのかと不思議に思うほど。
それが直々に、それも十年という猶予期間付きで相手の返答を待つ沙汰と言うのは相応の意味合いを持ってしまっている。それを他人事に出来たのならどんなに良かったか、と思えど
酩酊も夢心地でもない冷めた現実は目の前から動く気配が無い。









そう言い捨てて公務に戻るつもりらしい教皇は、立ち上がるついでにジュヘナザートへと大旗を貸し与えた。
手には、あまり馴染まなかったがある意味で所持には適している。一人残された大きな部屋で、意味もなく上を見上げては赤い目を閉じた。
外の喧噪も、持ち寄られた話ですらどこか遠くにある様に思える。どれもに等しく現実性が見出せない。
……卵の殻を割って初めて正しい意味で海と空の色を取り込んだ時、果たしてどう思っただろうか。
自身の髪色ともシスター服とも異なる、途方もなく広がっているあの青さ。同じ青であるのに水平線で混じり融ける事はない、あの広大な。
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こと自由に飛び立つにも遊泳するにも億劫になるほど、絶たる景観であったと思う。首元に居る不可視の鳥だけが羽ばたいていた。
それからだ。
喉の違和感が失声となって表れたのは。
闘技世界にてオンシーズンによる再びの行興と、拐引ではなく"休暇による療養"を目的として闘技者の契約を結ぶのはそこから更に僅か先の話となる。
地下世界では、約半年が経過していた。
*執行猶予Ⅹ
―――異教騒動は事が動いてしまえば、ジュヘナザートの出る幕など皆無に等しかった。
怪異に対する実戦力には到底足らず、教会を保守するにも足らず。精々が怪我をこさえて戻ってきた者たちの治療に努める程度。
ただ遠くで事態を眺めていたような感覚で、いつか少女と話していた世間話を思い出す様な。何もかもが他人事であった。
「だから、その時が来たらアンタは死ななきゃならないね」
……調べた話によれば。ことの始まりは退廃地区の娼婦であり、ただ子を多く望む偏執が脳に異能を孕ませ怪異と言う名の化け物となり果てた。
それが嘗て人の親であった頃は産み落とした子を教会に預け先として選んだ事もあったが、教会も娼婦の孤児を預かれる程の余裕はなく。
増えては絶える子に対して薄まる愛情は長女によって捧げ続ける贄の形を以て母体へと希われた。その結果が、あの騒動らしい。
母親は何処までも身勝手で、子供は齎されるべき愛情に飢えていただけ。誰一人として革命家や新興の器として足りる事はなかったのだ。
あの少女に対しては気の毒に思わない事もない。人は産まれを選ぶことなどできないし、環境もまた同様。
少し何かが違えばなんて"たられば"の話で――家族と名の付いた血縁のある他人とは近くの誰かを顧みる事なんてそうそう無い。自分の姉だってそう証明している。
だから、ジュヘナザートはニエに非の無い憐憫にも似た共感を覚える事が出来たし、それと共ににどうでも良いとすら思っていた。理解とは納得で、納得とは分別となって腑に落ちてしまう。悪癖。
同情と呼ぶのは簡単だが、同調せど情が無い。
そして何よりも、結論として変わらないのは。
愛なんてろくでもないと言う一点だ。

「――十年は返事を待ってやる」

「ええっとお……」
怪異が討伐されてから七日後。
家具と装飾の少ない広い部屋にてジュヘナザートは教皇ブリントに呼ばれ、対談を行っていた。
身の丈ほどある大旗を自身に建てかける神父は見た目こそ若年であり粗暴な口ぶりは威厳を感じさせないが、二人きりで話すのには抵抗がある。
教会の外では今回の件で傷つき壊れた物や傷病者の為に人々が走り回っていた。恐怖や錯乱とは別の喧噪がある事に、ようやっと日常に回帰できる兆しが見ていたのだが。

「そ、そのぉ……それって、あたしである必要ってありますう?」

「アンタが一番適人だった。じゃなきゃこんな話はしねえよ」
それはそうだ。用も無いのに話しかける事は無いし、全くの意味も無しに他人へ必要性を求める事もあまり無いだろう。
対面する神父は自組織の頭である。然しながらその心は人間不信と自己欺瞞が殆どを占める程度には人間と言う存在を嫌っている人間だ。どうして今までこの座に居るのかと不思議に思うほど。
それが直々に、それも十年という猶予期間付きで相手の返答を待つ沙汰と言うのは相応の意味合いを持ってしまっている。それを他人事に出来たのならどんなに良かったか、と思えど
酩酊も夢心地でもない冷めた現実は目の前から動く気配が無い。

「……承服致しかねます、ブリント神父。
あたしはそれに適う者だと到底思えませんし、代わりは幾らでも居るでしょう。そう、――高尚な志など何一つ持った覚えはありませんよ」

「今まで人に使われるだけだったからか? この話に二つ返事で首を縦に振るのだって同じことだろうが。
なにも、今まで予兆の一つすら無かった話じゃあない」

「ですが、安易に首を縦に振るには……天秤に乗るものが重すぎますよぅ」

「ともすれば承認、称賛、証跡……得難いものを得られる椅子なんだがな。
力を伴う変化は恐ろしいか? ……ックク、それとも何だ。アンタの姉と似た末路でもなぞる確信が?」

「…………あの人とは、関係無い話でしょう」

「確かにそうかもな。
だが、今までを振り返ってみろ。長いものに巻かれる、力あるものに頭を垂れる。何時でも、どこでもそうだ。
そうして今まで何もせず、これからも弱者という立場に甘んじようとしている癖に──
んで、アンタは結局のとこ逃げなかっただろ。都市からも、教会からも」

「…………」

「アンタの人生の使い方に文句を言う気は無いが、
アンタの怠慢で文句を言われる筋合いも無いぜ、ナズ」

「……時間だけはある。今一度思い直して考えの改まる事を祈ってるさ。精々後悔の無いようにな」
そう言い捨てて公務に戻るつもりらしい教皇は、立ち上がるついでにジュヘナザートへと大旗を貸し与えた。
手には、あまり馴染まなかったがある意味で所持には適している。一人残された大きな部屋で、意味もなく上を見上げては赤い目を閉じた。
外の喧噪も、持ち寄られた話ですらどこか遠くにある様に思える。どれもに等しく現実性が見出せない。
……卵の殻を割って初めて正しい意味で海と空の色を取り込んだ時、果たしてどう思っただろうか。
自身の髪色ともシスター服とも異なる、途方もなく広がっているあの青さ。同じ青であるのに水平線で混じり融ける事はない、あの広大な。
「……ひどく、 、」
こと自由に飛び立つにも遊泳するにも億劫になるほど、絶たる景観であったと思う。首元に居る不可視の鳥だけが羽ばたいていた。
それからだ。
喉の違和感が失声となって表れたのは。
闘技世界にてオンシーズンによる再びの行興と、拐引ではなく"休暇による療養"を目的として闘技者の契約を結ぶのはそこから更に僅か先の話となる。
地下世界では、約半年が経過していた。