RECORD

Eno.366 シトラス・オーランティフォリアの記録

ある日のビーチでの剣舞

「…………。」



ふらりと浜辺に足を運ぶ少女が1人。
立ち振る舞いに変わりは無いが、普段と違う雰囲気を纏っている。

遠くには踊る少女の姿。傍から見れば踊る少女と観客の少女に見えるだろうか。
そこへ近づく人影。
さくさくと、白砂を踏んで観客に近づくのも、少女。

「おやこんばんは。良ければ一戦ダンスをいかが?」



「いいね、マキたちも踊ろうか」

手に取るのは少女の手ではなく、両の手に斧
二組目の踊りが……剣舞ダンスが始まる。

「踊りの作法は詳しくないけれど」

「それでは一戦、踊りましょうか」



「リズムもテンポも、任せるよ」

「わんつー……すりー!」



示し合わせたわけでもなく2人の会話が、剣技が噛み合う。
その様子はまさに、剣舞。

「重く、重く、重く。荘重に。」



「それが何、ということもありませんが。」



続く二合目、三合目、続けて繰り出される奥義に優勢が若干傾く。
続く4合目

「動きに」
「合わせるよ」


大きく振られた斧撃にその優勢も大きく削がれる。結果は最後の一撃に委ねられる。

「楽譜通り、とも限りませんよ」



「はい、決めポーズ」

『動きに合わせる』という言葉の通り、互いの無形をぶつけ合う。
ただしその威力は大きく違っていて。

「お付き合いありがとう、なんて」

「……対戦ありがとうございました。」



結果は、斧を持った少女の逆転勝利。

「アンコールは……できないかな」

「うーーん、負けてしまいましたか」


「…………。」


「…………。」


「えっと、まだ何か……?」



そこでようやく少女は、顔を上げた。

「……あれ?」
「”泥”じゃない?……ライムちゃん?」


どうやら何やら勘違いがあった様子。

「……あれ?マキさん。こんばんは。"泥"?」



一方ライムは、相手がマキさんであった事にも気がついていないようだった。
相手も見ずに踊っていたのか。あるいは何かに気を取られていたか。

「ううん、マキの勘違い」
「普段見ないところにいたから、どうしたのかな、って」
「あ、ここも食べ物あるんだ。海の家?」


壁に釣り下げられた品名を眺め、ラムネとたこ焼きを注文する。

「ん、まぁ……どうしたということでも無いのですが……
ままならないなぁ、なんて。今に始まった事でも無い、ですが。」



自身の手をじっと見つめる。

「ままならない、かあ」
「前に宿でエリちゃんの部屋でお話していたとき、
 時々反応してたよね」
そういうの出身、立場は関係ある?」

「ああー、この味。このソース。たまんない」
「食べる?たこ焼き。飲み物も出すよ」


食べ物は、今の彼女には1人分だと多いかもしれない。
では、それマキさんのをひとつくださいな、と答えただろう。

そういうの故郷での立場の関係……」



は関係無い話。しかし

「そうですね。気になっちゃって。
少し、歩きながら話しましょうか。」



「……どこから話しましょうか。」



事件の話。自分のした事。したかった事。
言葉はまとまらない、が急ぐものでも無い。
ゆっくりと紡ぎ出す。

「そう、ここでのことなら聞くくらいはできるから」

ビーチを去る前に瓶コーラを追加で買って、栓を抜いて差し出して
使ってない楊枝の刺さったたこ焼きも船皿の端に寄せて

「……いえる範囲で大丈夫」

そうして、選んで紡ぐ言葉を聞く。一つ一つを噛み締めるように。

「先日、田中オーケストラさんの一件があったでしょう。
途中からでしたが、私は居合わせたのです。見ていただけですが。
……いや、託されたのです。ルヴァールさんから彼女を。
そして、逃げられてしまいました。
……勝手に飛び出して、勝手に責任を感じてるんです。」



それがひとつ、と。

「ヒエンさんは重傷、田中オーケストラさんは失踪。
誰も彼も心配でした。
しかし、ヒエンさんや田中オーケストラさんの事は私も酒場で見たことがあります。言わずもがな多くの人が心配するでしょう。
私が気になったのはあの場で加害者だと思われた薔薇の女性……メアリーさんの事でした。
だから、『事の顛末を聞きに行く』という名目で会いに行ったんです。
まぁ……仲良くはなれませんでしたね。敵だと思われましたし。」

「それから……私はメアリーさんについて、事件について、数名に話してしまいました。
……軽率でした。」



昨夜の件に関与したのかどうかは関係ない。
それは第三者部外者が語るべき事ではなかった。
それがひとつ、と。

「ルードさんはメアリーさんを探していました。
彼からすれば田中オーケストラさんは身内も同然……。
私は彼にも、教えました。」

「その後メアリーさんを探しました。
ルードさんを止めるつもりもありませんでしたが、せめて全てが終わった後に助け起こす事はできるかもしれない、と。」

「それもまた、自分勝手な話でした。
彼女は最後の最後まで自分の力で立ち続けましたし、傍には頼れる人物が居た。」

「邪魔をしなかった……というのは都合の良い言い方で、
結局私は何もできなかっただけ。
あの場において何かをする力も、権利も、意思も無かった。」



それがひとつ、これで全部と
ライムの手には3個のエネルギー結晶何の役にも立たなかった石ころが握られていた。

「オケくんと、ヒエンくんと、路地の」
「メアリーさん」


ゆっくりと、正直な感想をぽつりぽつりと話し始める。

「……でも」
「ルードさまも、オケくんも、ヒエンくんも、メアリーさんも」
「みんなのことが、気になったんだよね」
「なにかできなくても、見ないふりはできなかった」
「……それは、ライムちゃんの意志」
「その結晶は、怪我をしてたら治したい、優しさ」
なにかを心配するのに、権利なんていらないよ

「……マキはオケくんがどうして
 ルードさまの身内なのかさえ知らないけど」
「オケくんに何かあったことで
 エネルギーそれ結晶が必要になるくらいのことを
 ルードさまがするのは、違和感
 だってそれ、オケくんのことを守るためかもしれないけど
 オケくんにとっては自分の行動で誰かが傷つくかもしれない、前例
 ……やりすぎ、で、飛び出していたのは、マキかもしれない」

「天使さまだから?」
「……マキは、神様だって間違えること、知ってるから」

「誰かを気にすることも、見届けることも」
「"行動"」

「そうしようと思うこと、したこと」
「そこまでに、ライムちゃんは選んで、決める力を使った

「マキには、そう思える」


「心配するのに、権利は要らない……。」
「誰かを気にすることも見届けることも、"行動"……。」
「選んで、決める力。私の意思……」



マキさんの言葉を反芻する。

『何一つ無駄なことなどない。それらに意味を与えるのは今を生きる我々だろう?』
『そうしたかったが正しいのかな。まぁいつか実を結ぶよ』
『聡明だな、きみは。そこまで見えているなら後はどうしたいかだけだろう』


誰かみんなの言葉を反芻する。

そうだ。
我儘だって意地だって、自分の意思だ。
手が届かなくても、振り払われても、手を伸ばしたいなら伸ばせば良い。
相手の意思に任せるなら、相手の事を信じるなら、見守っても良い。
だってそれは間違いなく、自分の意思だ。

「……そうですね。そうでした。」



答えならいっぱいもらっていた。
正しいかどうかなんて、誰も言っていなかった。

「私は私が望むなら、私のやりたい事をやって良いのですね。」



そんな当たり前な事を、新たな発見のように、語った。
自分の言葉で考え込む友達を見て少し考えながら、マキさんは次のタコ焼きを口に運ぶ。

「――うん、
 いいんだよ」

「――なんで、とかどうしてって後から言われても
 "そうしたかった"」
「自分が後悔したくないからそうする、そうした」

「その結果責任を取らないといけないこともあるかもしれない」

「そのときに、選んだ道を後悔していないなら
 責任にだって向き合える……はず」

「悩んで、後悔したまま『責任をとらなくちゃ』
 きっと、それが一番苦しい」

「まあ結果なんてすぐにはわからないし、
 本当にそうなのかわかんないけど」

「マキが大事だと思うのは」

「一回きりの人生なら、自分のやりたい意志をこと
やっちゃったほうがいいゆうせんしたほうがいい


意思同士がぶつかるなら、その時はそのとき。
周りにあわせるふわふわした笑みではなく
にぃ、と
彼女を運命と呼ぶ青年がたまに見せるような笑顔で、マキさんは笑う。
ライムの発見を肯定する、楽しそうな顔で。

――当たり前の一般論でも、根拠、理由が飲み込めないなら
――その考えは自分のものにはならないままで
――気づいて、今、ライムは自分のものにしたのだから!

選んで行動できるちからをもう持っている
見守ることも選択肢だと、選んだ結果だと認める視野は今広がった
ライムはまだまだ、伸びていける。好きな方向へ。

「…………はい!!!
マキさん、ありがとうございました!!
…なんだか、お腹空いて来ちゃいました。
ご飯、食べに行きましょ!」



俯いていた少女の姿は、もう無かった。
宙を見上げ前を向き、彼女は笑う。
ここではいくら喋ってもお腹は空かない追い出されないはずだけれど。
彼女はまだまだ育ち盛り未熟な青果。生長もすれば、エネルギーも使うのです!

「……うん、ライムちゃんは笑顔が一番」
「うん、酒場もだけど、ごはん屋さんも開いてるはず」
「……悩んでる間はあんまり食べられなかったとおもうから、たくさん食べよ」


この少女も剣闘者なら、朝ごはんは欠かせない。

「朝のおすすめ、ある?」

酒場でばかり食べ飲みしているが、せっかく外であったから。
まぁ、おすすめどころかライムちゃん、つい夜に食べ過ぎてしまうせいで朝ごはんをちゃんと食べていない事が露呈したりもしたがそれはそれ。

剣闘者たちの騒がしい1日が始まろうとしていた。