RECORD

Eno.242 ミラ・レイフォードの記録

無色透明

 ミラ・レイフォードの実の両親は、どちらも倫理とはかけ離れた人物である。

 彼女の母は、今の彼女と同じく冒険家を名乗っていた。思い付いたことを試さずにはいられない、その上で常軌を逸した行為でもいとわない女だった。
 彼女の父は、何かの研究者であったそうだ。己の好奇心を満たすため、敢えて常識から外れた行為を目指し、ありとあらゆる『あり得ない』を引き起こすような男だった。

 そのような二人が出会ってしまったことを、運命の悪戯と呼ぶべきか。
 他者から理解されず理解しない二人は、しかし、思いのほか噛み合ってしまった。母の破天荒は父の好奇心を満たし、父の頭脳は母の発想をさらに飛躍させた。
 だから、二人は結ばれた。それが愛情によるものかと問われれば、否である。少なくとも、世間一般のそれとはかけ離れたものだ。ただ、相手がいれば己の欲求をより満たせるから、というだけなのだから。
 そして、互いに未知である結婚という行為、子を為し育むという行為に興味を持った。そんな理由だけで、ミラは生まれた。
 ――厳密にはその時の彼女は『ミラ』ですらなかったが。

 未知と非常識を求める。二人の思考回路は、子供にも向いた。
 普通の子育てなど面白くない。普通ならあり得ない育て方をしてみよう! そんな発想を止めるものなどなく。
 彼女たちに関わろうとするものなど、とうにいなかった。ゆえに、子が生まれたことすら知るものは皆無に近く。

 ミラは――否。名すら与えられなかった少女に与えられたものは、ひとつの部屋だけだった。
 生まれ落ちたばかりの彼女は、他の子供と変わらなかったはずだ。親を求めて泣き声を上げ、普通ならば愛をもって育まれるはずの存在。

 そんな普通を、両親は省いた。
 すなわち、彼らが抱いたのは、何も与えなければどうなるのか、という好奇心。

 命だけは繋がれた。父の頭脳と魔法は、彼女を効率よく生存させる仕組みを難なく編み出した。子の泣き声など気にも留めず、ただのロジックとして。
 ――赤子は、やがて泣かなくなった。

 そこに悪意は何一つない。ただ、興味の視線だけを注がれながら、赤子は少しずつ少女になった。
 だが。何一つ刺激を与えられなかった彼女が、真っ当に育つはずもなく。
 ――少女は、空っぽになっていた。


 空っぽの部屋の中、空っぽの少女がひとり。
 与えられる食事だけを取り入れ、他には何もすることもなくじっと座って。

 その心には、何一つの色が、宿らなかった。