RECORD

Eno.849 ベルガルド・リュンクスの記録

グラディエーターのすすめ

 “暗殺”とは。政敵など思想を異にする立場の人物や影響力のある存在を秘密裏に殺害する行為を指す。
 純粋に政治的策略上で弊害を除去する動機もあれば、単なる私怨ということもあろう。
 動機を持つ者が直接手を下すケースもあるにはあるが、代行させることも珍しくない。政治的影響力のある人物なら尚のこと。
 秘密裏に処理できるなら、民草の顰蹙を買い無用な敵を増やさずに済む。
 華々しい社交界の影で、そんな“誰か”の声に応えて殺害を請け負う仕事は一定の需要があった。
 さて。当然だが、暗殺が常に思い通り進むなんて都合のいい話は無い。警戒されればそれだけ難易度は上がるし、プロだろうがアマチュアだろうが万が一はある。
 暗殺に失敗したら、どんな事が起きるだろうか。
 首尾よく逃走できれば良い方だ。その場で返り討ちに遭い絶命、捕縛され拷問に掛けられる、投獄や処刑──すぐ思いつくのはそんなところか。人生が終わったのは言うまでもない。
 では、これから俺に降りかかる正解も禄なものじゃないだろう。
 ──現在の話をしよう。

「肝を冷やしたぞ。まったく誰の差し金やら」


 白金のような髪を結わえた少年が、鉄格子越しに瞳の藍色に俺を映す。小柄な背丈が、彼の正面に座る俺を上からじろじろと見下ろしていた。
肝を冷やしたと言う割には落ち着き払っており、笑んですらいる。
 端正な顔立ちの彼は、ムルング王国の現国王の血を分けた子息だった。ただし正室の子ではなく、王位継承権は第十位。
 俺の今回の標的、フィンリー・ウー・アウイン=プラティヌスである。

 俺は逃げ遅れた上に生きている暗殺者という立場だ。まあ無様に殺しの仕事に失敗して、捕らえられてしまったのだ。
 仕事内容は王族の子息抹殺。分の悪い賭けではあった。政界と繋がりの無い俺には何の後ろ盾も無く、接近できる手立てだって限られた。
 それでも纏まった金をすぐ得るために目を瞑った。この依頼には前金が発生している。それが無ければ俺は暗黒街で存命の整体部品として納品される運命だった。
 成功報酬が出るか──そもそも殺害した後無事に帰って来られるかも怪しい。それでも縋るしかなかったのだ。
 王子が遠征する予定を運良く掴み、御者に扮して馬車に乗り込む瞬間を奇襲する予定を組んだ。
 近衛に催涙粉を撒き散らし無力化。その隙に標的目掛けて短剣で斬り掛かった。
 しかし、王子は強かった。俺の凶刃はこの少年一人に完封されてしまったのである。
 馬車に乗り込むところを狙った。移動範囲は限定され、間合いはほぼ確実。車内へ押し入るように乗り込んだ俺は、瞬きの暇も無く押し出されていた。
 狭い車内だと言うのに王子は鞘に納めたままのサーベルで一切干渉させず刃を弾き返し、俺を蹴り飛ばした。その猛攻は余念無く、馬車の外まで追撃して俺の意識を刈り取る程。
 王子は小柄な体躯に似合わない制圧力で俺を追い込んだ。敢え無く俺が次に目が覚めた時には牢の中だ。

「で、お前はどこの誰だ。誰の依頼で俺を狙った?」


「さてな」


 とぼけた訳ではない。幾つ仲介されたかもわからない闇ギルドの匿名依頼なのだ。依頼主も動機も、詳しい情報は闇に包まれている。
 受ける俺も俺だが、出す方も出す方だ。場末のギルドに依頼を出す辺り、依頼者は小物かもしれない。削ぐべきリスクの観点で言えば軽率な選択だろう。現に俺は失敗している。
 それでも、こう言っておこう。

「王家の人間なら心当たりなんか幾らでもあんだろ」


「うん、めちゃくちゃあり過ぎてわからん。人気者は辛いな!」


「清々しいなお前」



 王子はあっけらかんとしている。
 市民の階級問わず注目を受ける一族である故か。
 こんな王になるのも厳しい子どもを本気で排除しようと思う人間がいるのだからどこにどんな思惑があるかわからないものだ。
 

「お前、何も話してくれそうにないな。では便宜上デコ助と呼ぼう」


デコ助……


「にしても、だなあ」


 俺を一頻り眺めた後に、王子は困ったように眉をひそめた。

「お前、弱くないか?」



 想定外の言及に思わず真顔で静止してしまう。率直なご意見が来た。

「いや、なんかもうちょっと、こう……。
 そりゃ、俺は嗜み程度に武芸も齧ったがこんな……剣術とかやってなかったのか?
 え、それで俺を殺しに来たのか?」


「うるせえな」



 嗜み。よく言ったものだ。自分は成人男性として遜色ない体格と自負している。一方、成長期の──それも、伸び悩んでいると言って差し支えない子どもの背丈。体格差による優位は十分に取れていた。
 殺しの仕事だって初めてじゃない。正直舐めてはいたが、子ども一人に遅れを取るとは想定外も甚だしい事態だ。

「いやー、だってあんまりにも……。
 あっ仲間は? さ、流石に居るよな? 本気で俺を殺す気あるか?
 絶対殺すのが目的じゃないってー。弱すぎるもん」


「うるせえよ! そんなに殺されてえのか!」



 何故こいつはちょっと小馬鹿にして来るのか。ガキだからか?

「俺に死ぬ気は無い。お前はこのままだと反逆の罪を問われて死ぬだろうがな。
 今回のデコ助の狼藉を徹底的に誅せよという声は強い」



 王子は淡々と現状を告げる。想定範囲のことだが、どうやら本当に俺の人生の終了が近いらしい。

「へえ、それはいつだい。何か吐かせてからか? 一ヶ月は貰えるのかね」


「勝手に死ねると思うな。死にたければ今すぐ勝手に舌を噛み切れ」


「あ? 死ぬつったのはそっちだろうが」



 眉間に皺を寄せる。眉間に皺を寄せる。王子は対照的にニコニコと変わらず余裕の佇まいだ。

「まあ聞け。先のデコ助アタックのお陰で俺の側近たる近衛は肩書きだけの男だったと知れた。
お前の奇襲に対して、ちと動かなさすぎた」


「俺が妨害したからじゃねぇの」


「だとしても、だ。馬車に数歩寄る程度の努力も俺が出てくるまでしなかったぞ、あいつ。
 それに、お前一人に罪を擦り付けて今回の話を有耶無耶にするのは腑に落ちん」



 随分と腹を割った話をする。
 ふと牢の外へ視線を巡らせた。王子の他には誰もいない。恐らくは、俺と二人きり。付近の牢にも誰も居ないのではないだろうか。物音がしない。

「何が言いたいんだよ、王子サマはよ?」


「悲しいことに王宮内でも誰が敵かわからん。
 俺はデコ助の奇襲も根を辿れば俺の近辺からの殺意ではないかと見ている。
 自らの手を汚さず殺して、その辺の人間を悪役に仕立てあげればあとは嘆いていれば良いからな」


「……それで?」


「外から来たお前が鍵だ。その命、俺の為に使う気は無いか? 俺の下に来い」



 言葉の裏を探る。あまりに愚行だ。
 子どもの浅知恵と言えばそれまでだが、俺に有利に働きすぎる取引と言えよう。

「……狂ってる。敵を退けようとして殺しに来た奴を味方につけるなんて笑えるぜ。馬鹿なのか?」


「お前なら変な気を起こしても簡単に倒せるしな」


「うるせぇな! ならこんな雑魚を取り巻きにしようとすんなよ!」



 一々癇に障るガキである。こんな危うい取引を人目を盗んで持ち掛ける点を見るに、本気で言っていそうなのが殊更わからない。

「それでも一人より出来ることは多い。お前は秘密を隠して死ぬ気も無さそうだしな!」



 曇り無き青の双眸は、陽の光が差したように煌めいた。
 何処の馬の骨ともわからぬ男より経歴の割れてる騎士を宛てがう方が良いと思うが、やはり本気らしい。
 第十王子とは言え、王家を取り巻く情勢はそんなにも不安定になっているのだろうか。或いは、“この王子”の周りが。
 さて。俺の終了目前の人生を繋げるには、現状提示された取引に応じるしかない訳だが。

「無罪放免ってのは流石に無理があんだろ。お前がその気でいようが、俺を消したがる連中は居るんだろ?」


「恩赦を与える。俺がお前の死刑を拒否する代わりに、デコ助は俺の供をしろ。
 俺は近々、興行の後学のため闘技の盛んな地へ行く。
 そこでお前がグラディエーターとして戦え。そうすればお前の命は守ってやる」


「……は」



 奥から湧くような静かなる落胆、そして腹立たしさが込み上げてくる。何より希望を抱きかけた自分に奥歯を食い縛った。
 グラディエーター。多くは見世物にするため闘技場で戦闘することを強いられた奴隷を指す。
 結局は、大罪人らしい末路だ。

「何が守ってやる、だ。結局は死にに行けって言ってるようなもんじゃねえか」



 散々弱いとぬかしたのは王子の方だ。闘技場なんか行けば結果は目に見えている。仮に規則が殺人を咎めても無事では済まないことは想像に難くない。

「そこは心配ない。そこでの闘技は試合中に人死にの出ない競技らしくてな。
 なんでも優れた治療魔法があるらしいぞ!
 選手として戦闘する期間も各々が契約した期間の限りで、だ。死ぬことは無いだろう!」



 釈然としないが、死にはしないらしい。だがスポーツをしろと言う訳でもあるまい。

「治るし死なない……が、怪我しないってことはねえよな?」


「それはそうだろうな。でなければ治す必要すら無い。それくらいは俺からの“刑”として受け取れ」



 はん、と鼻先から笑いが転び出た。なるほど、命の保証はされるが戦闘に伴う苦痛に変わりはない。契約の限りそれは付いて回るわけだ。俺に取っては刑期と呼ぶのが相応しい。

「様々な武器の扱いも学べると聞く。そこでお前は今よりずっと強くなれるだろう。
 あらゆる武器の扱いや型を覚え、研鑽を積み闘技に励め。
 さすれば、お前は今より多くの敵を打ち払える実力を得られるだろうし──」



 王子は膝を折り、俺と視線を合わせた。暗く深く、けれど澄んだ青の中に仏頂面の男が映っている。

「──今度こそ、俺の首を取れるやもしれんぞ」



 王子は健康的に色付いた唇を結び、口端を上げた。
 この子供は、暗に。闘技刑を終えた後、殺したければ殺せと言っている。
 その時に成功報酬を貰うには新たな依頼者が必要だろうが。

「……いいぜ。やってやるさ」



 俺は、この生の先を掴み取る。
 帰ってきた時に暗殺の仕事を探すかは、未来の俺に任せることにした。