RECORD

Eno.8 スフェーンの記録

インカローズ:7

「…」



「実は、外に出る方法なんてものは簡単に見つかった」



「所謂、ザルの警備ってことだった」



「反面、舐め腐っている」




舐め腐っているなんて暴力的で怖い言葉、前は使わなかったんだけどな。
あんな強い映像で頭をぶん殴られてしまって、ここでの日常がより空虚になったところで。
なんていうか、毎日嗚咽を繰り返していた。
ご飯を食べて、お勉強をマザーから教わって。
天井が開く日は星の声を聞く。
その意味を理解しようとすることを強いられている。

星の声を聞いた。

ちょっとだけ性格が悪くなったように思う。
気を強く持っていたかったからだと思う。
だから、性格も気が強くなった。
ただのいじっぱりだった。

食べたものが逆流しそう。

お姉ちゃんの晩餐会、好物を食べたけど、食べれなくなってしまった。
ニオイもダメになってしまった。
それ、私の好物でもあったんだけどな。
それでも、何を食べても美味しくないにはならなくて。
それはそれで嫌だった。
何もかもが美味しくないになってしまえば、食べることを諦めてしまえば。
きっとお腹は空かなくなって。
そのまま。

でも死ぬのが怖かった。
自分が死んだ後、そのからだはどうなるんだろう?
それも怖かった。
もう少し綺麗に死にたいと思った。
どうせ出演が決まって、ああなる運命なら。
お姉ちゃんよりはもう少し綺麗に死にたかった。
どうしてもそう思ってしまう。

今、とくとくなってるこの心臓が。
どうしようもなく止まってしまうか。
あたりに雷を、泣きながら振り撒いてしまうか。
頭の電流が切り離されてわからなくなるか。
わからない。
私という意識が切れてしまうのが怖かった。
だってこの先に楽しいことと平和の終わりが待っているって思って。
その先に、怖い怖い終わりが待ち受けている。
そこでエンドロールが流れても。

きっと私を知っている人は誰もみていないのだ。
私のことを知っているのはマザーと、ここのひとだけ。
ここの人はそんなこと知ってる人の方がきっと少なくて。もしかしたらいなくて。
マザーは、ちょっと、こわい。

本当に辛くて、怖くて、嫌な最後でも。

私が死んでしまったこと、分かった上で悲しんでくれる人はいないんだろうと、子供ながらに思って。




そんなことを思っていた。





一年くらいたった頃。
その人は、私をこっそり呼んでいる。


「警備がザルだけど、何があるかはわかんねェし」



「俺一人で行ってくるよ」



「…大丈夫」



「逃げ足だけは早いから」




カルミアは足手纏いだ、と。
冗談めかして、その人はこっそり抜け出して行った。
こっそり。ひっそり。
マザーにはどしかられるか、まあ、なんかあるかもしれないけど、なんて、笑って。
なんで笑ってられるんだろうな。


とかくさ。
ほんとに逃げ足だけは早いな。
風のように軽やかに、矢のように一直線に。
その人は外へとかけていってしまった。
同じくらいの歳の男の子の中で誰よりも足が速いことを自慢げに話していた。
私はその人より小さいから当然、追いつけない。
私はそれを見送るしかなかった。

行かないでをまた言いそびれている。

これで戻ってこなかったら、あの時話した私のせいで。
ああでも、それを話すのは、まるで罪の開示みたいだった。
多分その人はカルミアがなんでそんなこと言ってんだ、で終わらせてしまって。
何も話させてくれないのだろう。
ただ、とおく、ちいさくなるのを、いつも見送っている。
私は、強くなりたかった。

すごく嫌だった。ここにいるのが。




──みんなが勉強を休憩して遊んでいたり。
のんびり過ごしていたり。
マザーと話していたり。それは小さい子ばかり。
背の高い大人たちは片手で数える程度。
その人たちは、子供の面倒を見。
マザーに任された仕事をこなし。
その誰もが鬱屈とした顔をしているのにどうして今までちゃんと気がつかなかったのか。
あの人たち、次の役者なんだ。

そんなのどかな時間の中で。
こっそりと消えた人に。

すごく、不安を抱えていた。

何もかもうまくいかないから。








「………」




「とーぜん、うまくいくわけもねェって話だな」



開いてる扉が開いてるからって知らねェところに飛び込むのは子供でもアホかと思う



まあそのアホは俺なんだけども〜…




泣きながら訴えかけるカルミアの姿が痛々しく、その映像も痛々しく。
今置かれてる環境の結末に頭をぶん殴られて。
いてもたってもいられず。
もとより、外に行きたい目的もあったのが。
一気に導火線に火をつけられた。

火薬に火がつけばそのまま鉄砲のたまは発射されて飛んで行く。
自分のタチは、多分そんな形なんだろう。
起爆する何かがあれば、すぐにそれに向かって全て走り出してしまうらしい。
輝きであっても、肥溜めであっても。

その時もそうだったから、目的のために、何も顧みずに走り出した。

俺は、外に出て、






「……」



「確かに、その人は戻ってきたんだ」



マザーに何か言われることもなく、本当に入り口から、そのまま戻ってきた。
特に何事もなく、怪我もなく、その後の日常を過ごしていた。
けど、絶対役者になるって強く言って。
絶対こんな環境どうにかしてやるって、小さくこぼして。






「…何も変わってなかったけど、なんか変になってた」




「なにより、」




名前で呼んでも首を傾げるようになってたんだ。
自分の名前じゃなく聞こえてるみたいに。



「…役者になった時にはそれはだいぶなくなってたけどね」




──私の話はこれでおしまい。

子供の時よりも知識を得て、かつ、役者がどうなるかもちゃんとわかるようになった。
私は世界を壊したいと思った。
そのために強い私でありたい。
大事なお姉ちゃんを壊した機械の世界も、私に普通の日常もくれない、こんなところ大嫌いだ。
私はそれを壊せるくらいの私でありたい。

そうじゃないと。

お姉ちゃんにも、“スフェーン”にも、ごめんの気持ちでいっぱいになって、








立ってたいのに、生きてたいのに、潰れてしまいそうだから。