RECORD

Eno.242 ミラ・レイフォードの記録

君の終わりに願うもの

「……まったく……あのたわけは……あのたわけは……! 某を胃痛で殺すつもりか……!?」

 シュレン・レイフォードは、様々なツテを頼りに妹の足取りを追っていた。

 手紙の内容に叫んだ後、妹が決闘をするという言葉が頭に届いた時には、あらゆる意味で血の気が引いた。
 それは命を賭けた行為であるならば、妹が死ぬ可能性も、彼女が誰かを殺める可能性もあるのではないか。そう気付いた彼は、必死になって情報をかき集めた。
 その結果、彼女が向かった先がどこであるか、おおよその特定をすることができた。

 彼らの世界は、異世界との境がゆるい。
 どこにでも行けるというほどではないが、繋がりが強い世界であれば、渡る手段がいくつかある。その中のひとつに、件の場所はあった。

(……フラウィウス。決闘の世界。それがひとつの競技と昇華され、いかなる傷を負おうと治癒できるほどの技術があるという)

 つまり、恐らくは命がどうこうはならない。妹が誰かを殺めることもない。前回の無人島への漂流の方が、よほど危険であっただろう。
 そういう意味では、知ったことで安堵はしたが。

「……ええい! そういう問題ではないのだ!」

 万が一があり得るかもしれない。妹のこと、さらにと刺激を求めて、危険に首を突っ込まない保証ができない。気を抜いている暇などあるか、とシュレンは進む。
 今度こそあのたわけにはたっぷり説教をしてやる、と、もはや何度目か分からない決心をする。前回、自ら無人島の漂流に巻き込まれに行った時にも、半日はかけて話をしたのだが。
 それで通じないならばとことん付き合ってやる、と。これほどの身勝手をされても、妹を見限るという選択肢はシュレンにはない。

(………………)

 こういう時は、いつも思い出す。彼女がミラになり、己の妹となった日のことを。

(……某には、忘れられぬ)

 あの日、彼女を見付けた時の、あまりにも透明な瞳を。
 彼女には、恐怖がなかった。死を目前にしながら、それを恐れていなかった。
 少女の始まりを、シュレンには忘れることはできない。

 そして、今なお覚えている会話がある。当時まだ13歳だったシュレンは、妹となった彼女の境遇に憤り、何かをしてやりたくて、様々なことを話しかけた。そして、何がしたいかという問いに、彼女はこう返してきた。

『僕は、楽しいことを知りたい』

『楽しいこと?』

『うん。世界には、楽しいことがたくさんあるんでしょ? だったら、死ぬまでにやれるだけ、それを知りたいって思うんだ』

『……っ、ああ、当然だ! ミラの思うがままに生きていい! もう辛いことは必要ない……楽しいことだけを考えていいんだ!』

『辛いってのは良く分からないけど、そうだね。僕、楽しいことだけを考えてみるよ。ありがとう、シュレン』

 シュレンは、この時の返答を、今なお後悔している。
 分かっている。彼女の心には、元から破綻があった。それでも、思うのだ。もしかしたら自分の言葉こそが、最後のきっかけになってしまったのではないかと。

(あやつは、己の命を……どこまでも、軽く見ている)

 成長した彼女はあろうことか、命懸けのスリルにこそ、最大の楽しみを見出してしまった。
 死に瀕するとは、生きているということ。最も強く生を実感できるのが、その瞬間だと。かつて彼女は、笑顔で語っていた。

「あはは。我ながらひどいもんだよね。狂ってるのは自覚してるさ。
――だからさ、シュレン。あんまり僕のことは気にしないでいいんだよ? 僕はこの生き方、きっと死ぬまで変えられないし」

 知っている。妹は彼女なりに、家族に恩義は感じてくれていると。だからこそ、放っておけというのだ。己の破綻を、彼女は理解しているから。
 だから、こうして身勝手な行動を繰り返すたび、それでも追いかけてくるシュレンに、お人好しすぎると苦笑する。

(ミラよ。某は、そなたにとって良い兄ではないのだろうか?)

 たまに、考えることはあるのだ。もう、好きにさせてやるべきではないのかと。
 彼女が刹那に生きて瞬く間に死ぬことを望むのであれば、それを止めるのは、それこそ己の我儘ではないのかと。

(――否。それでも、某は……そなたの兄なのだ。ならばこそ……我儘上等だ。そなたが貫き通すならば、某も貫き通すまでのこと!)

 放っておくなど、できるものかと。家族が生き急ぐのを黙って見ていられるかと。その決意を抱き、狼は走る。今回がどうかなどと関係ない。もういいか、と思った瞬間、己は彼女の兄を名乗る資格が無くなるのだと。

(なあ、ミラよ。エゴであろうと。某は、そなたに見付けてほしい。刹那の享楽ではない、命の在り方を。……そして。終わる時には、後悔を残してほしい)

 それは、おかしな願いなのかもしれない。だが、ミラを見てきたシュレンは思うのだ。何一つ未練が残らぬ最期という、まるで理想のような響き。だが、それは本当に理想なのかと。

(――それは。何一つ期待していなかった・・・・・・・・・・・・、というのと、何が違うのだ?)

 それが少女の本質。今の生は儲けものなのだから何があってもいい、どうせなら少しでも楽しい方がいい。その程度にしか考えられない、刹那しか見ていないのが今のミラだ。
 何も溜まらない器。やはり彼女は空っぽの延長線にいるのだと、シュレンは知っている。

「……願わくば。そなたの心に、何かが宿ることを。それまでは……どこまでも何度でも付き合おう、馬鹿者が」