RECORD

Eno.8 スフェーンの記録

ルチル:2

彼の人生というものは全くもって平凡なものである。
この世界においての彼の人生は達筆するものがないくらい、平凡だ。

彼は父親と母親の間に生まれた後、厳格なる『Belka/Strelka』の手元で審査されている。
母親は愛しく声を上げた子供の小さな小さな手を指先で握った後、施設に一旦手渡した。
そこが一生のお別れになることだってあるのなど知らないから。
それはどの子供も同様であり、かつ、『Belka/Strelka』の秘密裏で行われる。

あの遠き星の声が聞こえるか、聞こえまいか?
必要のない異能力を持ち合わせていないか?

君は普通であるか?



その子供は持ち合わせてない。


「決して、『Belka/Strelka』 が判定を間違えたとか、そういうのではない」



「『Belka/Strelka』 は間違えない」



「本当に、その時は彼は持ち合わせていなかった」



彼は、普通の人間だった」



この世界においての標準人間。
赤ん坊には、個人識別信号と個人識別番号の割り振りが行われる。
『Belka/Strelka』の愛し子たち。
中央都市セレシオンの都市民として。
普通市民として。

彼は母親に返された。

頭の中で信号が響いている。
電流は彼の頭に知識を与えている。

自己学習。
自己学習。


「それがおこなわれるのは、まああくまで一定の年齢に至ってからだけど」



彼もまた、一定の普通に押し上げられている。




ああ、いや、俺の話を聞いても…どうかな。
面白いことは何もないと言いたいけど。
きっと君たちにとってはそうではないんだろうね。


正直これを話すのは心苦しい、気がするから。
聴きたいっていうから話すけど。

君たちの環境とは多分、随分と違っただろうから。
そういうのを羨んだりするのかもしれないし、けれどもそれはもう過去のことだからどうしようもないし。
……現状は、こうだから。

でも、そうだね。
いいよ、俺の話でいいなら。

特になんてことはない、平凡な人間だから、多分。いいのかもしれないしね。




円満な家庭。
いや、セレシオンの都市に円満じゃない家庭なんてあんまりないと思うけど。
『Belka/Strelka』の選択に間違いはないからね。
大昔はお見合いともいったんだっけ。
遺伝子的に、性格的に、相性のいい相手をマッチングさせて、生活させる。
その過程で、良い頃になったら子供を。
じゃないと規定人数を外れてしまうから。
『Belka/Strelka』は懸念していたのだろう。

『Belka/Strelka』は都市の人間すべてのデータをとらえているから、それくらい簡単なこと。

から、不和が生まれる要素はないんだ。
実際、本当に仲睦まじい家庭だったと思うよ。

古い言葉で夢見る人。
そんな意味を持った名前。
ハローム。

そんな家庭で育った俺だ。
信号を使って日々更新される知識だけではなく、他の物にも触れている。
この歳の人はみんなそうだろうけど。
娯楽を求めている。遊びを求めている。
父と母は本が好きな人で、旧時代の紙本を取り寄せて読んでいた。
俺は端末で読むのばっかりだったけどね。

あとは、そう、動画を見るのも好きだったと聞いてる。
幼児に対する教育動画。
俺は料理動画ばっかり見ていた。
くつくつと鍋が煮立つ音。とんとんと包丁が跳ねる音。
そういう音が初めの興味だったと思う。

それ以外にもすきな番組があった。


それが特別制作だったわけだ。